技術で引っ張れば、チームは自然とうまく回る。
少なくとも、当時の私はそう信じていました。
コードも設計も人より分かっている。
問題が起きれば自分が先に手を動かす。
正解を示せば、あとはみんながついてくるはずだ——。
けれど実際には、チームは思ったように動かず、
気づけば自分だけが忙しく、周囲との温度差だけが広がっていきました。
この記事では、技術で引っ張ろうとして、かえってチームがうまく回らなかった理由を、当時の失敗体験を振り返りながら整理します。
同じように、技術力はあるのにチーム運営で違和感を覚えている方にとって、何かのヒントになれば幸いです。
技術で引っ張れば、チームは自然に動くと思っていた
当時の私は、「技術で引っ張ること」がチームにとって一番わかりやすいリーダーシップだと思っていました。
設計で迷いがあれば、自分が整理して正解を出す。
実装で詰まっていれば、先にコードを書いて見せる。
問題が起きれば、技術的に一番筋の良い選択肢を提示する。
そうやって技術で道筋を示せば、チームは自然と同じ方向を向いて進んでいく——
少なくとも、自分の中ではそれが「正しい引っ張り方」でした。
その背景には、これまでの成功体験もありました。
個人として技術力を評価され、難しい局面を自分の判断で乗り切ってきた経験が、「技術で示すこと=信頼を得ること」だと無意識に結びついていたのだと思います。
また、チームに迷いが生じるくらいなら、早く答えを出した方が親切だとも考えていました。
判断を先送りにせず、技術的な正解を示す。
それが結果的に全体のスピードを上げ、チームの負担も減らすはずだ、と。
今振り返ると、その考え方は**「自分が分かっている前提」で組み立てられていました**。
メンバーそれぞれの理解度や不安、立場の違いよりも、「正解を出すこと」そのものを優先していたのだと思います。
当時の私は、チームを思って動いているつもりでした。
けれどその実態は、「技術で引っ張れば、あとはついてくるはず」という、かなり単純な前提に立った行動だったのかもしれません。
実際のチームは、なぜか噛み合わなかった
技術的には、間違った判断をしていたつもりはありませんでした。
設計も方針も、自分なりに考え抜いた上で出していたし、レビューでも大きな指摘が入ることはほとんどなかったと思います。
それでも、チーム全体を見ると、どこか噛み合っていない感覚がありました。
会議では、自分が話す時間が増えていく一方で、メンバーからの発言は徐々に減っていきました。
こちらが説明すれば、みんな頷いてはくれる。
けれど、その場を離れたあと、想定していた動き方にはならない。
進捗は一応進んでいるのに、手応えがない。
問題が表に出てくるのは、いつも少し遅れてからでした。
「ここ、分かりにくかったです」
「この判断、実は迷っていました」
そんな声を聞くたびに、なぜもっと早く言ってくれなかったのか、という気持ちが湧いていました。
気づけば、自分が一番忙しい状態になっていました。
重要な設計判断、難しい実装、トラブル対応——
「自分がやった方が早い」と思って引き取った結果、仕事はどんどん自分に集まっていきます。
その一方で、チーム全体の動きは軽くなっていかない。
誰かが大きく失敗するわけでもなく、空気が悪くなるわけでもない。
ただ、チームとしての推進力が、少しずつ弱くなっているような感覚がありました。
当時の私は、「まだ噛み合っていないだけ」「もう少し技術的に整理すれば良くなるはずだ」と考えていました。
だからこそ、さらに自分が前に出て、説明し、判断し、引っ張ろうとしました。
しかし今思えば、それが噛み合わなさを深めていたのだと思います。
チームは止まっていたわけではありませんでした。
ただ、同じ方向を見ているつもりで、実は違う景色を見ていた——
そんな状態だったのかもしれません。
今振り返ってわかった、うまく回らなかった本当の理由
チームがうまく回らなかった原因は、技術力が足りなかったからではありません。
判断を誤ったからでも、努力が足りなかったからでもなかったと思います。
今振り返って一番大きかったのは、チームが何を求めているかを、技術の視点だけで見ていたことでした。
当時の私は、「正しい答えを出すこと」がリードの役割だと考えていました。
だから、迷いそうな場面では先回りして結論を出し、議論が広がりそうなら技術的に収束させる。
チームが止まらないように、常に前に進ませているつもりだったのです。
けれど、チームが本当に必要としていたのは、答えそのものではありませんでした。
「なぜその判断になるのか」
「他にどんな選択肢があるのか」
「自分はどう考えればいいのか」
そうした思考のプロセスを共有することだったのだと思います。
私は、自分の中で整理し切った答えを、そのまま渡していました。
それは一見、親切で効率的に見えます。
けれどその分、メンバーが考える余地や、迷いを言葉にする余白を奪っていたのかもしれません。
また、無意識のうちに「分かっている前提」で話していたこともありました。
技術的には筋が通っていても、背景や前提が共有されていなければ、人は動けません。
理解できていないのではなく、納得しきれていなかっただけだった可能性もあります。
さらに言えば、私は「任せているつもり」で、「関わり方を任せていなかった」のだと思います。
判断は自分、方向性も自分。
メンバーはその実行役、という構図になってしまっていた。
それでは、チームが主体的に動けるはずがありません。
うまく回らなかった本当の理由は、
技術で支えているつもりで、実は思考の主導権を握り続けていたことだったのだと、今なら分かります。
技術は正しかった。
でも、その使い方が、チームの動き方と噛み合っていなかった。
それが、この経験から得た一番大きな気づきでした。
技術で引っ張るほど、チームは受け身になる
技術で引っ張ろうとすればするほど、チームは前に進む——
以前の私は、そう信じて疑っていませんでした。
けれど実際には、その逆の現象が起きていました。
自分が技術的な判断を素早く出すほど、チームは少しずつ受け身になっていったのです。
理由は、決してメンバーの意欲が低かったからではありません。
構造的に、考える必要がなくなっていっただけでした。
リードがすぐに正解を提示する環境では、
「自分で考えて提案する」よりも
「判断を待つ」ほうが安全になります。
間違ったことを言うリスクを取るより、
分かっている人の結論を聞いたほうが、確実で、早い。
そうした空気が、少しずつチームに染み込んでいきます。
その結果、会議では意見が出にくくなり、
「特にありません」「問題ないと思います」という言葉が増えていく。
一見、スムーズに見えるやり取りの裏で、思考は静かに止まっていました。
また、「自分がやった方が早い」と引き取った作業も、
チームを助けているつもりで、逆に負担を増やしていました。
難しい部分はリードがやる。
重要な判断もリードが決める。
そうなると、メンバーは“任された範囲”だけをこなすようになります。
主体性を求めているのに、
行動の余地はどんどん狭くなっていく。
この矛盾に、当時はなかなか気づけませんでした。
技術で引っ張るやり方は、短期的には成果が出やすい。
ですが長い目で見ると、チームの思考力や判断力を借りることができなくなるリスクがあります。
チームが受け身になっていたのは、
誰かが怠けていたからではなく、
そうならざるを得ない構造を、自分が作ってしまっていたからでした。
技術は、チームを前に進める力になります。
ただし、その力の使い方を間違えると、
チームの動きを止めてしまうこともある。
この経験を通じて、私はようやく、
「技術で引っ張ること」と「チームが動くこと」は、
必ずしも同じではないのだと理解しました。
途中から、チームとの向き合い方を変えた
チームが受け身になっていることに気づいてからも、
すぐに何かを劇的に変えられたわけではありません。
ただ、「今までと同じやり方を続けても、同じ結果にしかならない」
その感覚だけは、はっきりと残っていました。
まず意識的にやめたのは、いきなり正解を出すことでした。
以前は、議論が始まる前に結論を用意し、
それをどう説明するかに頭を使っていました。
そこをあえて我慢する。
自分の中では答えが見えていても、すぐには言わない。
代わりに、「どう思う?」「他に選択肢はありそう?」と問いを投げるようにしました。
最初は、正直ぎこちなかったです。
沈黙が続くこともありましたし、
「早く自分が言った方が楽だな」と思う場面も何度もありました。
それでも、少しずつ変化は出てきました。
メンバーが、自分なりの考えを言葉にし始めたのです。
完璧な答えではなくても、
「ここが不安です」「この点が気になります」といった声が出るようになりました。
また、技術的な説明の仕方も変えました。
細かい実装や最適解を語る前に、
「なぜこの判断が必要なのか」「何を避けたいのか」を先に共有する。
背景や目的を共有すると、
細かい部分は各自が考え、補ってくれるようになります。
結果的に、自分がすべてを説明しなくても、話が前に進む場面が増えました。
もう一つ意識したのは、任せ方を変えることです。
作業だけを渡すのではなく、
「どこまでを自分で決めていいのか」を明確にする。
判断の余地を残すことで、
メンバーは“指示待ち”ではなく、“当事者”として関わってくれるようになりました。
チームが急に活発になったわけではありません。
ただ、以前よりも会話が増え、
少しずつ、同じ方向を向いている感覚が戻ってきた。
その変化はとても静かでしたが、
確かな手応えがありました。
このとき初めて、
「技術を前に出すこと」だけがリードの役割ではないと、
腹落ちした気がします。
それでも、技術を捨てたわけではない
チームとの向き合い方を変えたからといって、
技術を軽視するようになったわけではありません。
むしろ、技術は今も変わらず、自分にとって大事な軸です。
設計を考えるのも、コードを書くのも、
難しい問題を技術で整理することも、今でも好きです。
ただ、技術の使いどころが変わったのだと思います。
以前は、技術を「前に出す武器」として使っていました。
正解を示し、判断を下し、引っ張っていくための力。
それがリードとしての価値だと考えていたのです。
今は、技術を「支えるための道具」として使う場面が増えました。
議論が行き詰まったときに論点を整理する。
不安が言語化できていない部分を、構造として補う。
判断に迷ったときの“保険”として、技術的な裏付けを出す。
前に出るのではなく、後ろから安定させる役割です。
また、技術があるからこそ、
「自分が全部やらなくても大丈夫だ」と思えるようにもなりました。
最終的にリスクを見通せる感覚があるから、
安心して任せることができる。
技術力は、コントロールするための力ではなく、
チームに余白をつくるための力にもなり得ます。
この考え方に変わってから、
自分自身も少し楽になりました。
常に前に立ち続けなくてもいい。
必要なときに、必要な分だけ技術を出せばいい。
技術を捨てたわけではない。
ただ、技術に立つ位置を変えただけです。
それは後退でも、妥協でもありません。
役割が変わったことを受け入れた結果であり、
今の自分にとっては、自然な選択だったと感じています。
同じように悩んでいる人へ伝えたいこと
もし今、
「自分なりに頑張っているのに、チームがうまく回らない」
「技術では貢献できているはずなのに、手応えがない」
そんな違和感を感じているなら、それは失敗ではありません。
むしろ、役割が変わり始めたサインなのだと思います。
技術で引っ張ってきた人ほど、
この壁にぶつかりやすい。
それは、これまで技術で成果を出してきた証拠でもあります。
だから、「自分は向いていないのでは」と考える必要はありません。
足りないのは能力ではなく、
これまでとは違う使い方なだけです。
チームが思ったように動かないとき、
つい「もっと自分が頑張らなければ」と思ってしまいがちです。
けれど、すでに十分頑張っている人ほど、
これ以上前に出ることで、逆に苦しくなることがあります。
少しだけ立つ位置を変えてみる。
正解を出す役から、考えを引き出す役へ。
引っ張る役から、支える役へ。
それは弱くなったからではありません。
むしろ、一段階進んだ役割だと思います。
技術を持っている人は、
チームの“最後の支え”になれます。
だからこそ、常に先頭に立たなくてもいい。
今感じている違和感は、
キャリアが止まったサインではありません。
次のフェーズに移るための、自然な引っかかりです。
焦らなくていい。
無理に今までのやり方にしがみつかなくていい。
技術を捨てずに、使い方だけを更新すればいい。
同じ場所で悩んだ一人として、
そう伝えたいと思います。
まとめ|技術で勝とうとしなくなってから、チームが回り始めた
振り返ってみると、
チームがうまく回らなかった理由は、
技術が足りなかったからでも、努力が足りなかったからでもありませんでした。
ただ、技術の使い方が、そのフェーズに合っていなかっただけだったのだと思います。
以前の私は、
技術で引っ張ること=価値を出すこと
技術で前に立つこと=リードすること
そう信じて疑いませんでした。
けれど、そのやり方は、
知らず知らずのうちにチームの思考を止め、
自分自身も消耗させていました。
向き合い方を変え、
正解を出す前に問いを投げ、
前に出る代わりに支える立場に回るようになってから、
チームの空気は少しずつ変わっていきました。
大きな劇的変化があったわけではありません。
ただ、会話が増え、判断が分散し、
「チームで進んでいる」という感覚が戻ってきた。
それだけで、十分でした。
技術を捨てたわけではありません。
むしろ、技術があるからこそ、
前に出続けなくても大丈夫だと思えるようになった。
これは後退でも、妥協でもありません。
キャリアが次の段階に進んだ結果なのだと思います。
もし今、同じような違和感を抱えているなら、
それは失敗ではなく、変化の兆しです。
技術を武器にしてきた人ほど、
一度は通る場所なのかもしれません。
技術で勝とうとしなくなってから、
チームは、少しずつ回り始めました。
そして自分自身も、ようやく楽になれました。
この経験が、
同じ場所で立ち止まっている誰かのヒントになれば幸いです。


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