エンジニアとして「頑張るほど苦しくなった」時期を振り返る

体験談

「頑張れば成長できる」「努力は必ず報われる」
エンジニアとしてキャリアを積み始めた頃、私はそう信じて疑いませんでした。

未経験からエンジニアになり、学習量を増やし、仕事も必死にこなす。
実際、最初の数年間は、頑張った分だけスキルが身につき、評価もついてきました。

ところが、ある時期から状況が変わります。
以前より努力しているはずなのに、なぜか苦しい。
成長している実感は薄れ、不安だけが増えていきました。

この記事では、エンジニアとして「頑張るほど苦しくなった」時期を、
美談でも成功談でもなく、当時の感情や思考も含めて正直に振り返ります。

もし今、
「努力しているのに報われない」
「このまま頑張り続けて大丈夫なのか不安」
そう感じているなら、きっと重なる部分があるはずです。

これは、頑張り方を間違えたエンジニアの記録であり、
同じ場所で立ち止まっている人に向けた、ひとつの共有です。

  1. エンジニアとして順調だったはずのキャリア
  2. 「頑張るほど苦しくなった」と感じ始めたタイミング
  3. なぜ努力しているのに苦しくなったのか?
    1. 目的のない努力が増えていた
    2. 他人基準で頑張るようになっていた
    3. 「できるエンジニア像」に自分を合わせようとしていた
    4. 努力が「前進」ではなく「防衛」になっていた
  4. 当時の自分がやっていた「間違った頑張り方」
    1. 何でも引き受けることが評価につながると思っていた
    2. 不安を埋めるために学習量を増やしていた
    3. 休むことに罪悪感を持っていた
    4. 一人で抱え込むのが“プロ”だと思っていた
    5. 「できていない自分」を常に責めていた
  5. 苦しい時期を抜け出すきっかけになった考え方
    1. 「もっと頑張る」より「何をやらないか」を考えるようになった
    2. 自分の役割と期待を言語化するようになった
    3. 「全部できる人」にならなくていいと認めた
    4. 「苦しい」は立ち止まるサインだと捉えた
  6. 今振り返って思う「本当に意味のある努力」
    1. 努力は「量」より「使われ方」で意味が決まる
    2. 「不安を減らす努力」ではなく「前に進む努力」
    3. 自分の立ち位置を理解した上での努力
    4. 続けられるペースこそが、最大の武器になる
  7. 今、同じように苦しんでいるエンジニアへ伝えたいこと
    1. 苦しいのは、真面目に向き合ってきた証拠でもある
    2. 一度立ち止まることは、後退ではない
    3. 頑張り方は、変えていい
    4. すぐに答えを出さなくてもいい
  8. まとめ|頑張るほど苦しくなった経験は、キャリアの転換点になる

エンジニアとして順調だったはずのキャリア

エンジニアとしてのキャリアを振り返ると、最初の数年間は「順調」と言っていい状態だったと思います。

未経験からのスタートだったこともあり、学ぶことすべてが新鮮でした。
プログラミングの基礎、フレームワークの使い方、業務の流れ。
覚えたことがそのまま仕事に活かされ、できることが目に見えて増えていく感覚がありました。

努力すれば成果が出る。
勉強すれば仕事が楽になる。
そのシンプルな因果関係が、当時は確かに存在していました。

業務でも「任せてもらえる範囲」が少しずつ広がり、
周囲からも「成長している」「よくやっている」と言われることが増えていきます。
自分の中でも、「このまま頑張れば、自然と上に行けるだろう」という感覚がありました。

特別に優秀だったわけではありません。
ただ、周囲より少し多く時間を使い、少し真面目に取り組んでいただけです。
それでも、その努力はきちんと結果として返ってきました。

この頃に身についたのが、
「エンジニアは頑張った分だけ成長できる仕事だ」
という強い成功体験でした。

そしてこの成功体験が、後になって自分を苦しめることになるとは、
当時はまったく想像していなかったのです。

「頑張るほど苦しくなった」と感じ始めたタイミング

はっきりとしたきっかけがあったわけではありません。
ある日突然、限界を迎えた、という話でもありません。

気づけば、少しずつ違和感が積み重なっていました。

以前と同じように勉強している。
以前よりも仕事の責任は増えている。
それなのに、なぜか手応えがない。

できることは確実に増えているはずなのに、
「自分はまだまだ足りていない」という感覚だけが強くなっていきました。

仕事量も、学習量も、明らかに増えていました。
にもかかわらず、評価や安心感は比例して増えません。
むしろ、頑張れば頑張るほど、不安が膨らんでいくような状態でした。

周囲を見渡すと、自分より経験の浅い人が評価されているように見えたり、
軽やかに仕事をこなしている人が眩しく映ったりする。
そのたびに、「自分は何か間違っているのではないか」と考えるようになりました。

この頃から、仕事に対する向き合い方も変わっていきます。
以前は楽しさが勝っていた学習が、
いつの間にか「遅れないため」「置いていかれないため」のものになっていました。

気を抜くと不安になる。
休むと焦る。
頑張っているはずなのに、心は少しずつすり減っていく。

この時点では、まだ「限界だ」と自覚していたわけではありません。
ただ、確実に言えるのは、
努力が自分を前に進める力ではなく、消耗させるものに変わり始めていた
ということです。

なぜ努力しているのに苦しくなったのか?

今振り返ると、当時の自分は「努力そのもの」を疑っていませんでした。
苦しいなら、もっと頑張ればいい。
足りないなら、学習量を増やせばいい。
そう考えるのが、あまりにも自然だったからです。

けれど実際に起きていたのは、
努力の量が問題だったのではなく、努力の“向き”がズレていたということでした。

目的のない努力が増えていた

順調だった頃の努力には、常に分かりやすい目的がありました。
「この技術を覚えれば、明日の仕事で使える」
「この作業ができるようになれば、次の工程を任せてもらえる」

しかし、ある程度経験を積んだ後の努力は違っていました。
何のためにやっているのか、はっきり言葉にできない。
ただ、「やっていないと不安だから」「置いていかれそうだから」続けていたのです。

目的を失った努力は、成長実感を生みにくく、
むしろ不安を増幅させていきます。

他人基準で頑張るようになっていた

この頃の自分は、
「自分がどうなりたいか」よりも、
「周囲からどう見られるか」を基準に動いていました。

あの人より知識が足りない気がする。
このスキルを知らないと評価されないかもしれない。
そんな思考が、努力の基準になっていたのです。

他人基準の努力には、終わりがありません。
上には常に誰かがいて、比較はいつまでも続きます。
その結果、どれだけ頑張っても「まだ足りない」という感覚だけが残っていきました。

「できるエンジニア像」に自分を合わせようとしていた

もうひとつ大きかったのは、
理想のエンジニア像に自分を無理に当てはめようとしていたことです。

本当は得意・不得意があるのに、
「これもできなければならない」
「ここまでやれて一人前だ」
そんな無言の基準を自分に課していました。

その結果、
できている部分より、できていない部分ばかりに目が向く。
評価されている点より、足りない点ばかりを数える。
努力すればするほど、自己否定が強くなっていったのです。

努力が「前進」ではなく「防衛」になっていた

当時の努力は、前に進むためのものではなく、
不安から身を守るためのものに変わっていました。

失敗しないため。
評価を落とさないため。
置いていかれないため。

この状態では、どれだけ頑張っても心は軽くなりません。
努力が報酬ではなく、義務や罰のようになっていたからです。

努力が自分を助ける手段ではなく、
自分を追い詰める手段に変わっていた。

それが、頑張るほど苦しくなった一番の理由だったと思います。

努力しているのに評価されない原因について、別の記事で詳しく整理しています。
👉 未経験からエンジニアになって分かった「努力しても報われない瞬間」

当時の自分がやっていた「間違った頑張り方」

今思えば、当時の自分は「頑張っているつもり」ではありました。
ただ、その多くは前に進むための努力ではなく、
不安から逃れるための行動だったように思います。

何でも引き受けることが評価につながると思っていた

仕事を断らない。
頼まれたら、とりあえず引き受ける。
忙しい=必要とされている、と考えていました。

確かに短期的には「助かる」「ありがとう」と言われます。
しかし、その積み重ねが
自分の役割や強みを曖昧にしていたことには気づいていませんでした。

結果として、
「何でもできる人」ではなく
「何でもやっている人」になっていたのです。

不安を埋めるために学習量を増やしていた

少しでも不安を感じると、
「勉強が足りないのかもしれない」と考え、
学習量を増やすことで安心しようとしていました。

本当に必要な学習かどうかよりも、
「やっている感」があるかどうかが基準になっていた気がします。

学習している時間は増えているのに、
自信はなかなか増えない。
むしろ、知らないことの多さを実感して、さらに不安になる。

このループが、静かに心を削っていました。

休むことに罪悪感を持っていた

周囲が働いている中で休むこと。
勉強していない時間を持つこと。
それ自体に、どこか後ろめたさがありました。

「休む=サボっている」
そんな感覚が抜けなかったのです。

結果、頭も心も常に仕事モードのまま。
回復する時間を持たないまま、
ただ消耗だけが進んでいきました。

一人で抱え込むのが“プロ”だと思っていた

分からないことがあっても、
「経験者なんだから自分で解決しなければ」
そう思い込み、相談を後回しにしていました。

頼ることは甘え。
弱音を吐くのは未熟。

そんな無意識のルールが、自分を孤立させていました。
本来なら共有すべき悩みや違和感を、
すべて一人で処理しようとしていたのです。

「できていない自分」を常に責めていた

できたことより、できなかったこと。
評価された点より、指摘された点。

努力すればするほど、
自分に厳しくなる一方でした。

「まだ足りない」
「もっとやらなければ」

その言葉を、誰よりも自分自身に向け続けていたことが、
一番の消耗要因だったのかもしれません。


苦しい時期を抜け出すきっかけになった考え方

正直に言えば、何か一つの出来事で状況が好転したわけではありません。
転職したから楽になった、環境が変わったから解決した、
そういう分かりやすい話でもありませんでした。

ただ、ある時から少しずつ、
自分の中で「考え方」が変わり始めました。

「もっと頑張る」より「何をやらないか」を考えるようになった

苦しかった頃の自分は、
問題が起きるたびに「努力を足す」方向に考えていました。

でも、ある時ふと、
「本当にこれ全部やる必要があるのか?」
と立ち止まるようになったのです。

学習も仕事も、
やればやるほど良いわけではありません。
自分の立場や役割にとって、
今、本当に必要なことは何なのか。

「足す努力」ではなく
「選ぶ努力」に意識を向けるようになったことで、
少しずつ心の余裕が戻ってきました。

自分の役割と期待を言語化するようになった

もうひとつ大きかったのは、
「自分は何を期待されているのか」を
曖昧なままにしないようにしたことです。

何となく頑張るのではなく、
今の立場で求められている役割を整理する。
できていること、求められていること、
その範囲を意識的に確認するようになりました。

期待が分かると、
無限に広がっていた不安が、少し現実的なサイズに縮まります。

「全部できる人」にならなくていいと認めた

以前の自分は、
「できるエンジニア=何でもできる人」
だと思っていました。

でも実際には、
周囲を見渡しても、
強みの違う人たちが役割を分担して働いています。

苦しかったのは、
他人の強みまで自分の課題だと勘違いしていたからでした。

自分が担うべき部分と、
そうでない部分を切り分けられるようになったことで、
無理に背伸びする必要がなくなりました。

「苦しい」は立ち止まるサインだと捉えた

一番大きな変化は、
「苦しさ」を否定しなくなったことかもしれません。

以前は、
苦しい=自分が弱い
そう思っていました。

でも今は、
苦しい=やり方や方向を見直すサイン
だと考えています。

頑張り続けることだけが正解ではない。
一度立ち止まり、整え直すことも、
長く続けるためには必要なプロセスなのだと気づきました。

技術特化か上流志向かで悩んだ時の整理方法をまとめています。
👉 技術特化か上流志向か?経験者エンジニアのキャリア分岐点の考え方

今振り返って思う「本当に意味のある努力」

苦しかった時期を経て、
今だからこそはっきり言えることがあります。

それは、
努力そのものが人を成長させるわけではない
ということです。

努力は「量」より「使われ方」で意味が決まる

以前の自分は、
努力は多ければ多いほど良いものだと思っていました。

しかし実際には、
どれだけ時間を使ったかよりも、
その努力が「どこで、どう使われているか」のほうが重要でした。

今の立場で求められている役割に対して、
きちんと届く努力。
評価や成果につながる場所に向けた努力。

それが伴っていない努力は、
自己満足か、消耗に終わってしまいます。

「不安を減らす努力」ではなく「前に進む努力」

苦しい時期の努力は、
不安を感じないための防衛行動でした。

でも本当に意味のある努力は、
不安をゼロにすることではなく、
多少の不安があっても前に進める力をつけることだと思います。

完璧に備えてから動くのではなく、
動きながら整えていく。
その方が、結果的に楽で、持続可能でした。

自分の立ち位置を理解した上での努力

若い頃は、
「何でもできるようになる」ことが正解に見えます。

でも経験を重ねると、
すべてを網羅することよりも、
自分の立ち位置を理解することの方が重要になります。

今、自分は何を期待されているのか。
どこに強みを置くべきなのか。

そこが見えていれば、
努力の方向は自然と絞られ、
無駄な消耗も減っていきます。

続けられるペースこそが、最大の武器になる

もうひとつ、強く感じているのは、
続けられない努力は意味を持たないということです。

一時的に無理をすれば、
短期的な成果は出るかもしれません。
でも、それが常態化すれば、
いずれ心も体も持たなくなります。

静かでも、遅く見えても、
長く続けられるペースで積み上げたものの方が、
最終的には大きな差になります。


本当に意味のある努力とは、
自分を削る行為ではなく、
自分を前に進ませ続けるための設計なのだと思います。

今、同じように苦しんでいるエンジニアへ伝えたいこと

もし今、
頑張っているはずなのに苦しい。
努力しているのに、どこか不安が消えない。
そんな状態にいるなら、まず伝えたいことがあります。

それは、
あなたの苦しさは、能力不足が原因ではない
ということです。

苦しいのは、真面目に向き合ってきた証拠でもある

そもそも、何も考えずに働いている人は、
ここまで苦しくなりません。

悩んでいるということは、
仕事やキャリアに真剣に向き合ってきた証拠です。
その姿勢自体を、まず否定しないでほしいと思います。

一度立ち止まることは、後退ではない

エンジニアの世界では、
「止まったら終わり」
「成長し続けなければ置いていかれる」
そんな空気を感じることがあります。

でも実際には、
立ち止まって考え直した人の方が、
結果的に長く、安定して働き続けています。

立ち止まることは、逃げではありません。
方向を調整するための行為です。

頑張り方は、変えていい

頑張ること自体をやめる必要はありません。
ただ、頑張り方は変えていい。

これまで通用していたやり方が、
今の自分には合わなくなっているだけかもしれません。

それは成長であり、変化です。
間違いではありません。

すぐに答えを出さなくてもいい

キャリアの悩みは、
白か黒かで決められるものではありません。

今すぐ結論を出そうとしなくても大丈夫です。
少し休み、少し整理し、
少しずつ視界を広げていけばいい。

時間をかけて向き合った選択の方が、
後から納得感が残ります。


頑張るほど苦しくなった経験は、
決して無駄ではありません。

それは、
これまでのやり方が通用しなくなったサインであり、
次のステージに進むための入り口でもあります。

どうか、
「もっと頑張れなかった自分」を責めるのではなく、
「ここまで頑張ってきた自分」を、一度認めてあげてください。

この文章が、
少しでも心を軽くするきっかけになれば幸いです。

まとめ|頑張るほど苦しくなった経験は、キャリアの転換点になる

エンジニアとして、
「頑張れば報われる」と信じて努力してきたからこそ、
頑張るほど苦しくなった時期は、戸惑いも大きかったと思います。

でも今振り返ると、その苦しさは失敗ではありませんでした。
それは、これまで通用していた頑張り方が、
今の自分には合わなくなったことを教えてくれるサインだったのだと思います。

努力が足りなかったわけでも、
能力がなかったわけでもない。
ただ、努力の向きや使いどころを、
見直すタイミングに来ていただけでした。

頑張ることをやめる必要はありません。
けれど、頑張り続けるためには、
頑張り方を変える勇気も必要です。

立ち止まって考えること。
選ぶこと。
手放すこと。

それらもまた、エンジニアとして前に進むための大切な行為です。

もし今、同じような苦しさを感じているなら、
それは終わりではなく、
次のキャリアに向かうための入り口なのかもしれません。

静かでも、自分に合ったペースで。
無理なく続けられる形を、これから設計していけばいい。

この経験が、
あなた自身のキャリアを少しでも軽く、長くするヒントになれば幸いです。

今後のエンジニアキャリアをどう設計するか迷っている方はこちらも参考になります。
👉 【保存版】経験者エンジニアのキャリアアップロードマップ|年収600万・ハイクラス転職を実現する5ステップ

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