“昇進=幸せ”だと思っていた。そう思えなくなった、ある出来事

マネジメント・チーム運営

昇進すれば、もっと満たされると思っていた。
評価され、肩書きがつき、周囲からも「順調だね」と言われる。
それは多くの人が目指す“成功ルート”のはずだった。

実際に昇進を経験してみて、達成感がなかったわけではない。
けれど、ある出来事をきっかけに、心の奥に小さな違和感が残るようになった。
「これは、本当に自分が望んでいた働き方なのだろうか」と。

この記事では、“昇進=幸せ”だと疑わずに進んできた自分が、その前提を見直すことになった出来事と、そこから変わっていった価値観について、体験ベースで整理していく。
今、昇進やキャリアの方向性に迷いを感じている人にとって、立ち止まって考えるきっかけになればと思う。

昇進は「当たり前に目指すもの」だと思っていた

社会人になった頃から、昇進はごく自然に目指すものだと思っていた。
努力して結果を出せば評価され、次の役割を任される。その延長線上に、昇進がある。
それは疑うまでもない“正解ルート”のように見えていた。

周囲を見渡しても、評価されている人は総じて昇進していった。
先輩や上司の多くも、特別に語らずとも、その流れに乗って役職を上げていた。
「次は◯◯さんが昇進だね」といった会話が、日常的に交わされる環境にいれば、
昇進を目指すこと自体を疑う理由は、正直なところなかった。

自分自身も、仕事に手応えを感じていた時期だった。
求められる成果に応え、任される範囲が広がり、評価も安定していた。
「このまま進めば、いずれ声がかかるだろう」
そう思うことに、違和感はなかったし、むしろ当然だと感じていた。

今振り返れば、そこには自分の意思というより、周囲の価値観をそのまま受け取っていた部分も大きかったと思う。
昇進しない理由を考えるより、昇進しないことのほうが「説明が必要」な空気だった。

だから当時の自分にとって、昇進は「目指すかどうかを選ぶもの」ではなく、
ちゃんと働いていれば、自然と向かう先のような存在だった。
少なくとも、その前提を疑うきっかけは、まだ何もなかった。


実際に昇進したときの、正直な気持ち

昇進の話を聞いたとき、まったく嬉しくなかったわけではない。
評価されたこと自体は素直にありがたかったし、これまで積み重ねてきた仕事が間違っていなかったと確認できた安心感もあった。

周囲からは「おめでとうございます」「順調ですね」と声をかけられた。
自分でも、「ここまでは想定どおりに進んできた」と感じていたと思う。
肩書きが変わることに対する、わずかな誇らしさも、正直あった。

ただ、その喜びは長く続かなかった。
浮かれていた、という感覚はほとんどない。
どちらかといえば、「次はこれをちゃんとやらなければいけない」という現実が、すぐに目の前に現れた。

昇進はゴールではなく、スタートだった。
それは頭では分かっていたはずなのに、実際にその立場に立ってみると、
これまでとは求められるものの質が明らかに違っていた。

評価される基準も、少しずつ変わっていく。
自分が何をしたかよりも、チームとしてどうだったか、周囲がどう動けたかが問われる場面が増えていった。
それ自体は理にかなっているし、否定する気持ちはない。
ただ、その変化に、すぐ順応できたわけでもなかった。

ふとした瞬間に、こんな感覚がよぎった。
「これが、自分が思い描いていた“次のステージ”だっただろうか」と。

まだ明確な不満があったわけではない。
辞めたいと思ったわけでも、後悔していたわけでもない。
けれど、胸の奥に、小さな引っかかりのようなものが残った。

当時の自分は、その違和感を深く考えようとはしなかった。
「慣れの問題だろう」「誰でも最初は大変だ」
そうやって自分に言い聞かせながら、日々の仕事に向き合っていた。

今思えば、そのささやかな違和感こそが、
後になって「昇進=幸せ」ではないと気づく、最初のサインだったのだと思う。

「あれ?」と感じ始めた、ある出来事

違和感がはっきりと形になったのは、昇進してしばらく経った頃の、ある出来事だった。

それは特別に大きなトラブルでも、派手な失敗でもない。
むしろ、どこの職場でも起こり得る、ごくありふれた場面だった。

ある打ち合わせの席で、これまで自分が中心になって進めてきた仕事について話が進んでいた。
内容自体はよく分かっているし、技術的な背景も、現場の事情も把握している。
「自分が一番状況を分かっている」と言っても、過言ではなかったと思う。

けれど、その場で自分に求められていた役割は、
具体的な解決策を出すことでも、手を動かすことでもなかった。
求められていたのは、状況を整理し、判断し、方向性を示すことだった。

誰かが説明に詰まり、議論が停滞する。
その瞬間、「自分が補足すれば早い」「自分がやったほうが確実だ」
そう思って口を開きかけた。

しかし、そこでふと気づいた。
自分が前に出れば出るほど、周囲は“判断を待つ側”になっていく。
その場を早く終わらせることはできても、
チームとして前に進んでいる感じが、なぜかしなかった。

会議が終わったあと、妙な疲れが残った。
忙しかったわけでも、責任が重かったわけでもない。
ただ、「自分は今、どこに立っているのだろう」という感覚が、頭から離れなかった。

そのとき、はじめて明確に思った。
「あれ? 自分は、こういう働き方をしたかったんだっけ」

現場の細かな手触りから少しずつ離れ、
代わりに増えていくのは、調整、判断、説明、報告。
それらが必要な仕事だということは分かっている。
誰かが担わなければならない役割だということも理解している。

それでも、
自分が価値を発揮している実感と、評価されている内容が、少しずつズレていく感覚があった。

その出来事をきっかけに、
「昇進したから大変になった」のではなく、
「求められている役割そのものが変わったのだ」と、ようやく自覚し始めた。

そして同時に、
その変化を、まだ自分が素直に受け入れられていないことにも、気づいてしまった。

昇進したのに、なぜ満たされなかったのか

昇進したこと自体が、不幸だったわけではない。
待遇が悪くなったわけでも、評価を失ったわけでもない。
それでも、心のどこかに満たされなさが残っていた。

理由を一言で言えば、
自分が価値を感じていた部分と、評価されるポイントがズレていったからだと思う。

プレイヤーとして働いていた頃は、成果が分かりやすかった。
問題を見つけ、手を動かし、形にする。
自分が関わった分だけ、結果が返ってくる。
良くも悪くも、仕事と評価の距離が近かった。

一方で、昇進後に求められる役割は違った。
自分が直接何かを作るよりも、
周囲がうまく動ける状態を整えることが重視される。
それは正しいし、必要な仕事だ。

ただ、その価値は目に見えにくい。
うまくいっているときほど、
「何も起きていない」ように見えてしまう。
自分がやったことが、成果として実感しづらくなっていった。

さらに言えば、評価される軸も変わった。
「自分が何をしたか」よりも、
「チームとしてどうだったか」「トラブルを起こさなかったか」が問われる。
そこに、やりがいを見いだせる人もいる。
けれど当時の自分は、まだその感覚に切り替えられていなかった。

もう一つ大きかったのは、
選択の自由が増えたようで、実は減っていたことだった。

役割が上がるにつれて、
「やらなくていいこと」が増える一方で、
「やらなければならないこと」が明確に決まっていく。
自分の判断が、そのまま周囲の負荷になる場面も増えた。

結果として、
好きな仕事に集中する余白は減り、
責任を意識する時間が増えていった。
それは成長とも言えるが、
心のエネルギーを消耗する働き方でもあった。

今振り返ると、
満たされなかった理由は「能力不足」でも「覚悟不足」でもない。
自分が大切にしてきた働き方と、昇進後に求められた役割が、まだ噛み合っていなかった
それだけのことだったのだと思う。

このズレに気づけたことで、
はじめて「昇進=幸せ」という前提を、疑ってもいいのかもしれないと思えるようになった。

“昇進=幸せ”が成り立つ人・成り立たない人

ここまで書いてきたように、昇進が必ずしも幸せにつながらないケースは確かにある。
ただ、それは昇進そのものが悪いという話ではない。
昇進がフィットする人もいれば、そうでない人もいる。
それだけのことだと思っている。

まず、“昇進=幸せ”が成り立ちやすい人には、いくつか共通点がある。

一つは、役割が変わること自体に前向きな人だ。
自分が手を動かすことよりも、
人を動かし、全体を整え、結果を出すことにやりがいを感じられる。
個人の成果より、チームや組織の成果に価値を置ける人は、
昇進による変化を自然に受け入れやすい。

もう一つは、評価が間接的になることを楽しめる人
自分が前に出なくても、
周囲がうまく回っている状態そのものを成果だと捉えられる。
「何も起きていない」ことを、良い仕事の結果として認識できる人は、
昇進後の仕事に充実感を持ちやすい。

一方で、“昇進=幸せ”が成り立ちにくい人もいる。

それは、自分が生み出したものを、直接感じたい人だ。
課題を見つけ、考え、形にする。
そのプロセスそのものに価値を感じてきた人ほど、
昇進によってその機会が減ると、違和感を覚えやすい。

また、評価と実感の距離が近い働き方を好む人も、
昇進後に戸惑いやすい。
頑張った分だけ手応えが欲しい。
成果が曖昧になると、どうしても満たされにくくなる。

大切なのは、どちらが正しいかではない。
昇進を選ぶことも、選ばないことも、
どちらもキャリアとしては自然な選択だ。

問題が起きるのは、
自分のタイプを理解しないまま、「昇進するのが普通だから」という理由だけで進んでしまうことだと思う。

昇進が幸せになる人もいる。
昇進しないほうが、自分らしく働ける人もいる。
その違いを知ることができただけでも、
このテーマについて考える価値は十分にある。

この経験から、自分の中で変わった価値観

昇進を経験して感じた違和感は、
「失敗だった」「間違っていた」という結論にはつながらなかった。
むしろ、自分が何を大切にして働きたいのかを、
はじめて言葉にできるようになった出来事だった。

それまでの自分は、
評価されることと、納得できることを、ほぼ同じものとして捉えていたと思う。
評価されているなら、それは正しい道だ。
そう信じて、深く考えることなく前に進んできた。

けれど、昇進後の経験を通して、
評価と納得は、必ずしも一致しないという事実に直面した。
周囲から認められていても、
自分の中でしっくりきていないなら、それは無視できないサインなのだと。

もう一つ、大きく変わったのは、
「何をやるか」より「どんな状態で働くか」を重視するようになったことだ。

以前は、役割や肩書きが変われば、
それに合わせて自分も変わるべきだと思っていた。
けれど今は、
自分が力を発揮しやすい距離感や関わり方のほうが、ずっと大事だと感じている。

すべてを自分でコントロールするのではなく、
現場とのつながりを持ちながら、
自分なりの立ち位置で価値を出す。
そんな働き方にも、十分意味がある。

そして、キャリアに対する考え方も変わった。
一直線に上を目指すことだけが成長ではない。
立ち止まって、進む方向を微調整することも、立派な前進だと今は思える。

昇進を経験したからこそ、
昇進しない選択にも、納得感を持てるようになった。
それは後退ではなく、
自分に合った場所を選び直しただけだった。

この価値観の変化は、
今の働き方を劇的に変えたわけではない。
けれど、仕事との向き合い方を、ずっと楽にしてくれた。

肩書きに振り回されるのではなく、
自分がどんな状態で、どんな気持ちで働いていたいのか。
それを基準に考えられるようになったことが、
この経験から得た、いちばん大きな収穫だったと思う。

昇進を否定したわけではない、という話

ここまで読むと、
「昇進そのものを否定しているのではないか」と感じる人もいるかもしれない。
けれど、少なくとも自分の中では、そういう結論にはなっていない。

昇進は、間違いなく一つの評価だ。
これまで積み重ねてきた仕事が認められ、
次の役割を任せてもいいと判断された結果でもある。
その意味で、昇進には価値があるし、誇っていいものだと思っている。

ただ、この経験を通してはっきりしたのは、
昇進が「最終目的」になってしまうと、どこかで無理が生じるということだった。

以前の自分は、
昇進=前進、昇進しない=停滞
そんな単純な図式でキャリアを捉えていた。
けれど実際には、
役割が変われば、求められる力も、得られる充実感も変わっていく。

昇進は、あくまで選択肢の一つにすぎない。
すべての人にとってのゴールでもなければ、
必ず通らなければならない通過点でもない。

大事なのは、
「昇進するかどうか」ではなく、
その役割を自分が引き受けたいかどうかだと思う。

昇進を選ぶことで力を発揮できる人もいる。
逆に、役割を上げすぎないほうが、
長く安定して働ける人もいる。
どちらが正解かは、立場や時期によっても変わる。

だから今は、
昇進を「取る・取らない」で語るのではなく、
「今の自分に合っているか」で考えるようになった。

この視点を持てるようになっただけでも、
昇進を経験した意味はあったと思っている。
否定するためではなく、
距離感を適切に取り直すための経験だった。


今、昇進に迷っている人へ伝えたいこと

もし今、昇進の話が出ていて、
どこか素直に喜べない自分がいるなら、
その感覚を無理に押し込めなくていいと思う。

迷うこと自体が、弱さや逃げを意味するわけではない。
むしろ、自分の働き方や価値観を真剣に考えている証拠だ。

昇進は、誰にとっても正解になるものではない。
立場が変われば、仕事の中身も、評価のされ方も変わる。
それを引き受けたいかどうかは、
「できるか」ではなく「やりたいか」で考えていい。

周囲の期待や、これまでの流れに乗っていると、
断ることに後ろめたさを感じるかもしれない。
けれど、今の自分に合わない役割を無理に引き受けて、
長く苦しくなるほうが、結果的には周囲にとっても良くない。

もし迷っているなら、
一度立ち止まって、こう問いかけてみてほしい。

この役割を担った自分を、
半年後、1年後、前向きに想像できるだろうか。
疲れていても、「やっていて悪くない」と思えているだろうか。

答えがすぐに出なくても構わない。
迷いながら選んだ答えのほうが、
後から納得できることも多い。

昇進を選んでもいい。
選ばなくてもいい。
どちらを選んだとしても、
それまで積み上げてきた価値が消えるわけではない。

キャリアは、一度の選択で決まるものではない。
方向を微調整しながら、続いていくものだ。

今の迷いは、
立ち止まるためのブレーキではなく、
自分に合った進み方を探すためのサインかもしれない。


まとめ|“昇進=幸せ”ではないと気づけたのは、無駄じゃなかった

昇進を経験したからこそ、
「昇進=幸せ」という前提を、初めて疑うことができた。
それは後悔ではなく、
自分のキャリアを現実的に捉え直すきっかけだったと思っている。

もし昇進を経験していなければ、
きっと今も、どこかで無理をしながら
「これが正解のはずだ」と自分に言い聞かせていたかもしれない。
違和感の正体にも、気づけなかっただろう。

この経験を通して分かったのは、
キャリアに唯一の正解はない、ということだ。
肩書きが上がることが幸せな人もいれば、
役割の距離感を保つことで、長く心地よく働ける人もいる。

大切なのは、
他人の価値観に合わせて進むことではなく、
自分が納得できる形で働けているかどうかだと思う。

昇進は、成功の証でもあり、
同時に、自分に合った道を見極めるための材料にもなる。
選ぶためには、一度通ってみる必要がある場合もある。

だからこそ、
“昇進=幸せ”ではないと気づけたこと自体が、
この経験のいちばんの価値だった。

もし今、同じような違和感を抱えている人がいるなら、
それは間違いではない。
あなたなりの働き方を見つけるための、
大切なプロセスの途中にいるだけだ。

キャリアは、
肩書きではなく、納得感で決めていい。
そう思えるようになった今、
この遠回りも、決して無駄ではなかったと感じている。

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