チームの雰囲気が少しずつおかしくなっていくのを、感じていたことがあります。
以前は普通に会話があったのに、いつの間にか業務連絡だけになり、空気が重くなっていく。
「何か変だな」と思いながらも、私は結局、何もできませんでした。
自分の立場で口を出していいのか分からなかった。
余計なことを言って、さらに悪くしてしまうのが怖かった。
忙しさを理由に、見て見ぬふりをしていた部分もあったと思います。
時間が経てば自然に戻るかもしれない。
誰かが何とかしてくれるだろう。
そうやって動かなかった結果、チームの雰囲気は良くなることはありませんでした。
この記事では、チームの空気が悪くなったときに「何もできなかった」当時の自分を振り返りながら、
なぜ動けなかったのか、何が問題だったのか、そして今なら何ができたと思うのかを整理します。
同じような状況にいる人が、少し立ち止まって考えるきっかけになれば嬉しいです。
チームの雰囲気が変わり始めた“最初の違和感”
最初から、チームの雰囲気が一気に悪くなったわけではありません。
振り返ってみると、ほんの小さな変化が、少しずつ積み重なっていったように思います。
以前は、業務の合間にちょっとした雑談がありました。
分からないことがあれば気軽に声をかけ合い、忙しくても最低限のやり取りは自然にできていた。
特別仲が良かったわけではありませんが、仕事を進めるうえで困らない関係性は保たれていました。
それが、いつの頃からか変わり始めました。
会話の内容は、必要最低限の業務連絡だけ。
質問を投げても、返ってくるのは短い返答ばかりで、以前のようなやり取りはなくなっていきました。
誰かが露骨に不機嫌なわけでも、トラブルが表面化していたわけでもありません。
だからこそ、「気のせいかもしれない」と思ってしまったのだと思います。
忙しい時期だし、たまたま余裕がないだけ。
そうやって、自分の中で違和感に理由をつけていました。
ただ、チーム全体に漂う空気は、確実に変わっていました。
打ち合わせでは発言が減り、沈黙の時間が増えていく。
誰かが話しても、それに反応する人は少なく、会話が広がらない。
「何かおかしい」
そう感じながらも、その正体がはっきり分からなかった。
問題だと断言できるほどの出来事はなく、だからこそ動くきっかけも見つけられませんでした。
今振り返ると、この時点ですでにチームの雰囲気は変わり始めていたのだと思います。
ただ当時の私は、その違和感を「問題」として捉えることができず、
結果的に見過ごしてしまいました。
明らかに空気が悪くなっていったチームの現実
小さな違和感を抱えたまま時間が過ぎるうちに、
「何かおかしい」という感覚は、次第に「これは確実に変だ」という確信に変わっていきました。
以前は最低限あったやり取りが、さらに減っていきました。
必要な情報だけを淡々と共有し、それ以上の会話はほとんどない。
誰かが困っていそうでも、声をかける人はいませんでした。
打ち合わせの場でも変化ははっきりしていました。
発言する人は限られ、沈黙が当たり前になる。
意見を求められても、無難なことしか出てこない。
議論というより、確認作業をこなすだけの時間になっていきました。
表面上は、仕事は回っていました。
納期が遅れるわけでも、大きなトラブルが起きるわけでもない。
だからこそ、「深刻な問題ではない」と思い込もうとしていた部分もあります。
ただ、水面下では確実に何かが変わっていました。
直接本人に言うことはなく、裏で不満や愚痴が漏れるようになる。
「あの対応、どう思う?」
そんな言葉が、こっそりと交わされる場面が増えていきました。
チーム全体に、妙な緊張感が漂っていました。
余計なことを言わないように気を使い、
誰かの機嫌を損ねないように、言葉を選ぶ。
仕事そのものより、空気を読むことにエネルギーを使っていた気がします。
この頃にはもう、チームの雰囲気が悪くなっていることは誰の目にも明らかでした。
それでも、誰も正面から向き合おうとはしなかった。
問題を指摘すること自体が、面倒で、怖く感じられる空気ができてしまっていたのだと思います。
今振り返ると、この段階で動けていれば、
状況はまだ変えられたのかもしれません。
けれど当時の私は、「もう少し様子を見よう」と考え続け、
結局、何もしないまま時間を過ごしてしまいました。
それでも私は「何もしなかった」
チームの雰囲気が明らかに悪くなっていることは、もう分かっていました。
見て見ぬふりをしていたわけではありません。
「何かおかしい」と感じていたし、問題があることも理解していました。
それでも私は、何もしませんでした。
声を上げることも、誰かに相談することもなく、
日々の業務を淡々とこなすだけ。
自分から状況を変えようとする行動は、最後まで取れませんでした。
一番大きかったのは、「自分の立場ではない」という思いです。
リーダーでもマネージャーでもない。
チームの方針を決める立場でもない。
そう考えることで、「自分が動かなくてもいい理由」を無意識に探していたのだと思います。
もう一つは、余計なことを言って悪化させたくない、という気持ちでした。
自分の一言で、誰かを傷つけてしまうかもしれない。
波風を立てて、さらに空気を重くしてしまうかもしれない。
そう考えるほど、何も言えなくなっていきました。
忙しさも、立派な言い訳になっていました。
目の前のタスクをこなすことで精一杯で、
チームの空気にまで気を配る余裕がない、と自分に言い聞かせていたのです。
でも今思えば、それは「向き合わないための理由」だったのかもしれません。
「そのうち誰かが何とかするだろう」
「自分が出しゃばらなくてもいい」
そんな考えが、行動しない選択を後押ししていました。
結果として、私は“傍観者”になっていました。
問題に気づきながら、距離を取り、関わらない。
何もしなかったこと自体が、チームの状況に影響を与えていたとは、
当時はあまり考えていなかったと思います。
今振り返ると、正解が分からなかったのではなく、
「間違えるのが怖かった」だけだったのかもしれません。
何もしなければ、少なくとも自分が責められることはない。
そうやって、自分を守る選択をしていました。
このときの「何もしなかった」という選択が、
後になって、強い後悔として残ることになります。
「誰かが何とかするだろう」と思っていた自分
「誰かが何とかするだろう」と思っていた自分
チームの雰囲気が悪くなっていると感じながらも、
心のどこかで私はこう思っていました。
「そのうち誰かが、何とかしてくれるだろう」と。
具体的に誰を想定していたわけではありません。
リーダーかもしれないし、上司かもしれない。
あるいは、もっと影響力のある誰かが動くのかもしれない。
とにかく、自分ではない“誰か”に期待していました。
その考えは、とても楽でした。
自分が動かなくても、責任を負わなくていい。
状況が良くなればそれでいいし、
悪くなっても「自分のせいではない」と思えるからです。
「自分が動いても、どうせ大したことはできない」
「専門外だし、立場的にも口を出すべきじゃない」
そんな言葉で、自分を納得させていました。
でも今思えば、それは行動しないための都合のいい理由でした。
誰かが問題を指摘してくれるのを待ち、
誰かが空気を変えてくれるのを期待し、
自分はその間、安全な場所から状況を眺めている。
そんな姿勢だったと思います。
ただ、現実は思っていた通りにはいきませんでした。
誰も、劇的に状況を変えてくれることはなかった。
誰かが動くのを待つ人が増えただけで、
結果として、誰も動かないチームになっていきました。
今振り返ると、「誰かが何とかするだろう」という考えは、
責任を放棄するための、静かな逃げ道だったのだと思います。
チームの一員でありながら、
チームのことを“自分ごと”として扱っていませんでした。
当時の私は、
「何もしなかった自分」と
「誰かに期待していた自分」が、
同時に存在していたのだと思います。
そしてその選択が、
チームの雰囲気を変えられなかった一因になっていたことを、
後になってようやく理解しました。
チームの雰囲気は自然には戻らなかった
どこかで、私は期待していました。
この重たい空気も、時間が経てば少しずつ薄れていくだろうと。
忙しい時期が過ぎれば、自然と元に戻るかもしれない。
そうやって、何もしなかった自分を納得させていたのだと思います。
けれど、現実は違いました。
チームの雰囲気は、自然に良くなることはありませんでした。
何かをきっかけに改善することもなく、
むしろ、悪い状態が「当たり前」になっていきました。
会話が少ない状態にも、次第に慣れていきました。
空気が重いことを、誰も口にしなくなる。
違和感を覚える人はいても、それを共有する場はなく、
問題はそのまま放置され続けました。
時間が解決してくれるどころか、
問題は少しずつ形を変えながら、根を深くしていったように思います。
小さな不満は積み重なり、
それぞれが個別に抱え込むようになっていきました。
表面上は、相変わらず仕事は回っていました。
だから余計に、「大きな問題ではない」と錯覚しやすかった。
でも内側では、チームとしての一体感や信頼は、
確実に失われていっていました。
ある時点で、私ははっきりと感じました。
「もう、この雰囲気が元に戻ることはないかもしれない」と。
何かを変えるタイミングは、
とっくに過ぎてしまっていたのだと思います。
誰かが動けば変わったかもしれない。
もっと早く声を上げていれば、違った結果になったかもしれない。
そう思っても、時間は戻りませんでした。
チームの雰囲気は、
放っておけば自然に回復するものではなかった。
むしろ、何もしないことで、
静かに悪化していくものだったのだと、このとき初めて理解しました。
後になって気づいた「本当の問題」
チームの雰囲気が悪くなった原因について、
当時の私は「人間関係がうまくいっていないから」「忙しさが続いたから」
そんな表面的な理由ばかりを考えていました。
雰囲気が悪いのだから、問題は“雰囲気そのもの”にある。
そう思い込んでいたのだと思います。
でも、時間が経ってから振り返ると、
本当の問題は、そこではありませんでした。
雰囲気が悪くなったのは、結果にすぎなかった。
その前に、いくつも放置されていたものがあったのだと、
ようやく気づきました。
誰かの小さな不満。
伝えられなかった違和感。
すれ違ったまま放置された認識のズレ。
それらが積み重なり、行き場を失った感情が、
「空気の悪さ」という形で表に出ていただけでした。
そして、もう一つ大きな問題がありました。
それは、問題に気づいていながら、
誰も向き合おうとしなかったことです。
私自身も含めて、
「波風を立てたくない」
「余計なことを言いたくない」
そんな気持ちを優先し、
チームの状態を正面から扱うことを避けていました。
結果として、
本来は話し合えるはずだったことが話されず、
修正できたかもしれないズレが、そのまま固定化されていきました。
今なら分かります。
チームの雰囲気が悪くなる一番の原因は、
誰かの性格や能力ではなく、
「問題を問題として扱わなかったこと」だったのだと。
空気が悪くなったのではなく、
悪くなるまで放置してしまった。
それが、本当の問題でした。
当時の私は、
雰囲気を変えることの難しさばかりを考えていましたが、
実は必要だったのは、
完璧な解決策ではなく、
「ちゃんと向き合う姿勢」だったのかもしれません。
このことに気づいたとき、
チームの雰囲気が自然に戻らなかった理由も、
ようやく腑に落ちました。
今なら、あのとき何ができたと思うか
当時の自分に、明確な正解が分かっていたわけではありません。
今でも、「これをやれば必ずうまくいった」と言える答えがあるとは思っていません。
ただ、今ならはっきり言えることがあります。
完璧な解決策を考える必要は、なかったということです。
あのとき必要だったのは、
チームの雰囲気を一気に変えるような大きな行動ではなく、
もっと小さくて、不完全でもいい一歩だったのだと思います。
例えば、
気になっていたことを、誰か一人にそっと共有する。
「最近、ちょっと空気重くない?」と、軽く声をかけてみる。
正解を出そうとせず、ただ感じている違和感を言葉にする。
それだけでも、状況は少し違っていたかもしれません。
「自分の立場ではない」と考えていましたが、
チームの一員である以上、
感じたことを伝える権利は、誰にでもあったはずです。
リーダーでなくても、
雰囲気に気づいた人が、最初に声を出してもよかった。
また、「間違えるのが怖い」という気持ちも、
今ならもう少し受け止められる気がします。
言い方を失敗することはあっても、
何も言わないよりは、まだ修正の余地がありました。
あのときの自分は、
「うまくやらなければいけない」と思い込みすぎていました。
でも実際には、
うまくやることよりも、向き合うことの方が大切だったのだと思います。
もし時間を戻せるなら、
結果がどうなるか分からなくても、
もう少し踏み込んで関わりたい。
そう思えるようになりました。
今なら、
小さな一言、小さな行動が、
チームの雰囲気を変える“きっかけ”になり得ることを、
少しだけ信じられる気がします。
同じ状況にいる人へ伝えたいこと
もし今、
チームの雰囲気がおかしいと感じながら、
何もできずに立ち止まっている人がいたら、
それは決して、あなたの感覚が間違っているわけではありません。
違和感を覚えるということは、
すでにチームの状態をちゃんと見ている証拠です。
問題に気づいていないわけでも、無関心なわけでもない。
ただ、どう動けばいいか分からないだけだと思います。
「自分の立場で言っていいのだろうか」
「余計なことをして、状況を悪くしないだろうか」
そう悩むのは、とても自然なことです。
実際、私も同じことを考えて、動けませんでした。
だからこそ、完璧な行動を取ろうとしなくていい、
ということを伝えたいです。
チームの雰囲気を一気に変えようとしなくていい。
正しい答えを出そうとしなくていい。
まずは、自分が感じている違和感を、
誰か一人にでもいいので、言葉にしてみてください。
「最近、ちょっと気になっていて」
その一言だけでも、十分な一歩です。
もし、その一歩を踏み出せなかったとしても、
自分を責めすぎないでください。
動けなかった経験があるからこそ、
次に同じ状況になったとき、少しだけ違う選択ができるようになります。
チームの雰囲気は、
誰か一人の責任で悪くなるものではありません。
同時に、
誰か一人の小さな行動で、変わる可能性もあります。
あのときの私ができなかったことを、
今のあなたができる必要はありません。
ただ、違和感を抱えたまま、
一人で抱え込まなくていい、ということだけは、
覚えておいてほしいと思います。
まとめ|チームの雰囲気が悪いとき、「何もしない」ことも選択になる
チームの雰囲気が悪くなったとき、
何をすれば正解なのか分からず、
結果として何もできなかった。
振り返ると、その経験は今も心に残っています。
当時の私は、
動かなかったのではなく、
動けなかったのだと思っていました。
けれど今なら分かります。
「何もしない」という選択を、自分でしていたのだと。
もちろん、
その選択がすべて間違いだったとは思いません。
立場や状況によっては、
無理に踏み込まない方がいい場面もあります。
ただ、少なくとも一つ言えるのは、
何もしないことで、状況が自然に良くなることはほとんどない、
ということです。
チームの雰囲気が悪いと感じたとき、
そこには必ず、見過ごされている感情やズレがあります。
それを放置することも、
向き合うことも、
どちらも「選択」です。
あのときの私は、
自分を守るために、
静かに距離を取る選択をしました。
そしてその結果、
チームの雰囲気は変わらないままでした。
この経験から学んだのは、
完璧な行動よりも、
小さくても向き合う姿勢の方が、
チームにとって意味を持つことがある、ということです。
もし今、
同じような状況にいるなら、
何を選ぶかを、少しだけ意識してみてください。
動くことも、動かないことも、
どちらもあなたの選択です。
その選択が、
後で振り返ったときに、
納得できるものであればいい。
この記事が、そのための小さなきっかけになれば嬉しいです。

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