3年目のとき、炎上しているプロジェクトに途中から投入されたことがある。
自分が原因を作ったわけではない。参画した時点で、すでに3ヶ月以上の遅延が発生していた。その遅れを取り戻すための増員、いわゆる火消し要員としての参加だった。
期間は約2ヶ月。会社がホテルを用意して、終電を気にせず作業できる体制が組まれた。
当時の正直な感想は、「本当にこういう現場ってあるんだな」だった。先輩から話に聞いたことはあったが、自分が当事者になるとは思っていなかった。
火消し要員として投入されるということ
炎上プロジェクトへの途中参画は、普通のアサインとは状況が違う。
すでに問題が起きた後に入る。 何が原因で遅れたのか、どこに無理があるのか。それらは既に起きたこととして、そこにある。自分が選択したわけでも、関与したわけでもない。
キャッチアップの時間が与えられない。 通常なら、新しい現場では仕様を理解する期間がある。炎上案件にはそれがない。遅れているから人を増やしているのであって、新人を育てる余裕はない。
全体像が見えないまま作業が始まる。 「このモジュールを作ってください」という単位でタスクが降ってくる。なぜそれが必要なのか、全体のどこに位置づくのか。説明されないまま手を動かすことになる。
3年目の自分には、この状況を評価する基準がなかった。おかしいと思う材料も、正常だと思う材料もない。ただ、目の前の作業をこなすしかなかった。
ホテルが用意されるということの意味
会社がホテルを手配してくれた。
表向きは配慮だ。終電を気にせず作業できる。帰宅の時間が浮く。翌朝も近いので睡眠時間が確保できる。実際、そういう説明を受けた。
当時の自分は、素直にありがたいと思った部分もあった。終電に追われながら作業するより、集中できるのは事実だった。
ただ、今になって考えると、これは「終電を超えて働く前提の体制」が組まれていたということでもある。
ホテルを手配するという判断は、短期的には合理的だ。遅延を取り戻すために稼働を最大化する。移動時間を削る。目的に対して筋は通っている。
問題は、その状態が2ヶ月続いたことだ。
一時的な非常手段としての数日なら、まだわかる。それが常態化すると、意味が変わる。異常事態への対処が、日常の運用になってしまっていた。
2ヶ月の実態
生活はシンプルになった。
朝、ホテルから現場に行く。作業する。深夜まで作業する。ホテルに戻る。寝る。翌朝また現場に行く。この繰り返しだった。
仕事以外の時間がほとんどなかった。 洗濯や買い物といった最低限のことをする時間はあったが、それ以外は仕事に紐づいていた。
判断力が落ちていく感覚があった。 最初の数週間は気力で進められる。1ヶ月を超えたあたりから、疲労が抜けなくなる。同じ作業に時間がかかるようになる。簡単なミスが増える。
稼働時間は長いのに、成果が比例しない。この感覚は、後になって振り返ると明確だ。ただ当時は、働いている時間が長いこと自体が、貢献しているという実感につながっていた。
当時は「こういうものだ」と思っていた
一番問題だったのは、この状況に疑問を持たなかったことかもしれない。
先輩から話に聞いていた。 炎上案件というものがあり、泊まり込みになることがある。そういう話は入社後に何度も聞いていた。だから、実際に自分がその状況になったとき、「聞いていた通りだ」と受け止めた。
異常だという認識がなかった。 業界にはそういう案件があるもので、エンジニアならいずれ経験するもの。そう思っていた。
むしろ、少し誇らしい気持ちすらあった。 火消しに呼ばれたということは、戦力として見られているということだ。3年目の自分は、そこに意味を見出そうとしていた部分がある。
今から見ると、この受け止め方は危うい。異常な状態を「経験」として肯定的に捉えてしまうと、同じ状況を繰り返す。実際、自分はこの後も似たような働き方を続け、40代後半で適応障害と診断されることになる。
何が得られて、何が失われたか
正直に両面を書く。
得られたもの
短期間で大量のコードを書いたので、技術的な処理速度は上がった。プレッシャーの中で作業する耐性もついた。「どんな現場でもなんとかなる」という感覚も、この時期に作られたと思う。
炎上プロジェクトがどういう構造で生まれるかを、内側から見られたことも、後にPLをやったときに役立った部分はある。
失われたもの
2ヶ月分の生活があった。その時間に本を読むことも、勉強することも、人と会うこともできなかった。
そして何より、異常を異常と認識する感覚が鈍った。これが一番の損失だと思っている。この時期に「おかしい」と思えていれば、その後の働き方は変わっていたかもしれない。
同じ状況に投入されたらどうするか
今、同じ立場に置かれたらどう考えるか。当時の自分に伝えるつもりで書く。
期間を確認する
「いつまでこの体制が続くのか」を聞く。明確な終わりがある非常事態なら、受け入れる判断もありうる。終わりが示されないなら、それは常態化のサインだ。
自分の稼働状況を記録する
何時に入って何時に出たか、記録を残す。後から振り返るときの材料になるし、必要なら交渉の根拠にもなる。感覚ではなく事実で把握しておく。
体調のサインを無視しない
眠れない、食欲がない、朝起きられない。こういった変化が出たら、気力でカバーしようとしない。短期の無理は回復できるが、限界を超えると回復に数ヶ月かかる。
「経験になる」で正当化しすぎない
経験になる部分は確かにある。ただ、それを理由に異常な状態を肯定すると、判断が鈍る。得るものと失うものを、冷静に並べて見る必要がある。
所属会社に状況を共有する
常駐先での状況は、所属会社には見えにくい。自分から報告しないと、把握されないまま続く。営業や上司に稼働状況を伝えておくことで、交代や撤退の判断材料になる。
よくある疑問への回答
Q. 炎上案件への参画は断れますか?
状況による。断れば待機になる可能性があり、それもキャリアには影響する。現実的には、期間や条件を確認した上で受けるケースが多い。ただ、心身に明らかな負荷がかかる見込みがあるなら、所属会社に相談すべきだ。
Q. 炎上案件の経験は、転職で評価されますか?
評価されることはある。ただし「泊まり込みで頑張った」ではなく、「どういう状況で何をして、どう改善に貢献したか」を説明できる場合に限る。耐えたこと自体は評価の対象にならない。
Q. 途中参画で全体像が見えないとき、どうすればいいですか?
自分が担当する部分の前後関係だけでも把握しておくと、作業の精度が上がる。「このモジュールは何のために使われるか」を聞くだけでも違う。全体を理解しようとせず、接続点を押さえるのが現実的だ。
まとめ
3年目のとき、すでに3ヶ月遅延していたプロジェクトに火消し要員として投入された。ホテルを用意され、2ヶ月間、深夜までの作業が続いた。
当時は「こういう現場もあるんだな」と受け止めていた。異常だという認識はなかった。
技術的に得たものはある。ただ、異常を異常と認識する感覚が鈍ったことが、長期的には大きな損失だったと思う。
同じ状況に置かれている人がいるなら、期間を確認して、自分の稼働を記録して、体調のサインを無視しないでほしい。「経験になる」という言葉で、全部を正当化しない方がいい。

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