経歴を少し盛ってSESに入社した。最初の頃は、どきどきしながらも何とかやり過ごせていた。でも、2〜3年目に入った頃、限界が来た。
技術的な質問に答えられなくなったのだ。
「経歴に書いてある通りの経験があるなら、これくらいはわかるよね?」という前提で聞かれる質問に、答えられない。その瞬間の焦りと恥ずかしさは、今でも覚えている。
これは27本目の記事「経歴詐称しながら裏では必死こいて勉強してた話」の続きだ。盛った経歴に現実が追いつかなかった瞬間の話を、正直に書く。
2〜3年目に起きたこと
入社直後から1〜2年は、何とかやり過ごせていた。
現場での仕事は、わからないことを調べながら進める。質問が来ても「少し確認して戻ります」という形でその場を乗り切る。夜は必死に勉強して、翌日に備える。そういう日々を繰り返すうちに、少しずつ実力がついてきた。
「盛った経歴に、現実が追いついてきた」という感覚があった時期もあった。でも、2〜3年目になって、その感覚が崩れ始めた。
現場での仕事が高度になるにつれて、求められる技術レベルが上がってきた。クライアントや上流の技術者から、専門的な質問を受ける機会が増えた。「これくらいの経験年数があるなら知っているよね」という前提で聞かれる質問が、答えられないものになってきた。
1〜2年目の頃は「まだ経験が浅いから」という言い訳が通じていた。でも、経歴上は3〜4年の経験がある人間として扱われるようになると、その言い訳が通じなくなってきた。
限界を感じた具体的な場面
はっきりと「限界だ」と感じた場面がある。
あるプロジェクトで、技術的な設計の議論に参加することになった。自分の経歴からすると、当然参加できるレベルだという前提で呼ばれた。でも、議論の内容が自分の実際のスキルをはるかに超えていた。
「〇〇の設計についてどう思いますか?」と意見を求められたとき、何も言えなかった。知識がなかったから、意見が出てこなかった。
「少し考えさせてください」と答えてその場をしのいだが、その後しばらく、その場にいることが苦痛だった。「自分がここにいていいのか」という気持ちが、強くなった。
帰宅後、自己嫌悪に陥った。「なぜ正直に話さなかったのか」という後悔と、「今さら正直に言えるわけがない」という葛藤が、頭の中でぐるぐると回った。
この出来事が、「このまま続けることはできない」という気持ちを決定的にした。
詐称を続けることのコスト
経歴を盛り続けることには、目に見えないコストがある。
まず、精神的な消耗が大きい。常に「バレるかもしれない」という不安を抱えながら仕事をする。新しい現場に入るたびに緊張する。技術的な質問が来るたびに焦る。この状態が、2〜3年続いた。じわじわと精神を削る消耗だった。
次に、成長の妨げになっていた。「わからない」と言えないから、本当の意味での疑問を解消できない。「そのくらい知っているはず」という前提で話が進むから、基礎的な部分の確認ができない。嘘をついていることが、自分の成長を阻害していた。
そして、信頼の問題がある。もしバレた場合、技術力の問題だけでなく、人間としての信頼を失う。「この人は嘘をつく人だ」という評価は、キャリアに長く影響する。その恐怖が、常に頭の片隅にあった。
限界を感じてから変えたこと
「このまま続けることはできない」という気持ちになってから、いくつかのことを変えた。
まず、正直に話せる範囲を広げていった。一気に全部を告白するのではなく、「実はこの部分は経験が浅くて」という形で、少しずつ正直な情報を開示するようにした。完全に解消されたわけではないが、少しずつ嘘の範囲を縮小していった。
次に、本当のスキルを積み上げることに集中した。「追いつかなければいけない」という焦りが、勉強の原動力になった。技術書を読む。資格を取る。現場で積極的に学ぶ。実際のスキルを上げることが、唯一の解決策だという認識が強くなった。
正直に話せる環境を作ることも意識した。「わからないことはわからない」と言える関係性を、少しずつ作っていった。「あの人はわからないことを素直に言える人だ」という評価は、「あの人はわかったふりをする人だ」という評価より、長期的には信頼につながる。
経歴詐称から学んだこと
この経験を通じて、学んだことがある。
嘘はいつか限界を迎える。小さな嘘でも、時間が経つにつれて維持するコストが上がっていく。最初は小さかった嘘が、気づいたら大きな負担になっていた。
正直に言うことへの恐怖より、嘘をつき続けることの方が怖い。「バレたらどうしよう」という恐怖で正直に言えないでいたが、嘘をつき続けることの精神的なコストの方が、ずっと大きかった。
実力を積み上げることが、唯一の解決策だ。嘘の経歴に追いつくためには、実際のスキルを上げるしかない。その必死さが、自分を成長させてくれた側面もある。
今では、自分のスキルと経験を正直に伝えることができる。あの頃の苦しさがあったから、正直であることの価値を強く感じている。
これから経歴を盛ることを考えている人へ
経歴を盛ることへの誘惑は、未経験や経験の浅いエンジニアなら誰でも感じることがあると思う。「少し盛るくらいいいだろう」という気持ちは、わからなくはない。
ただ、自分の経験から言えることがある。
短期的なメリットより、長期的なコストの方が大きい。現場に入れるというメリットは確かにある。でも、その後ずっと嘘を維持し続けるコストは、想像以上に大きい。
バレるリスクは思っているより高い。技術の世界は意外と狭い。同じ現場に知り合いがいることもある。スキルチェックが入ることもある。「バレないだろう」という楽観は、危険だ。
正直な経歴でも、入れる会社はある。未経験や経験が浅くても、ポテンシャルを評価してくれる会社は存在する。嘘をついてリスクを負うより、正直な状態で自分に合う会社を探す方が、長期的には良い結果につながる。
よくある疑問への回答
Q. 経歴詐称はバレたらどうなりますか?
最悪の場合、即時解雇や損害賠償請求につながる可能性がある。また、業界内での評判に長く影響する。技術力の問題より、人間としての信頼を失うダメージの方が大きい。
Q. 少し盛る程度なら問題ないですか?
「少し」の範囲をどう定義するかによるが、実態と大きく異なる経験年数や、持っていない資格を記載することは明確な問題だ。「この現場で求められるスキルを持っているか」という観点で正直に考えることが大切だ。
Q. 過去に盛った経歴を、今から修正できますか?
転職活動の際に、実態に合わせた経歴書を作り直すことはできる。ただし、在職中の会社に対して「実は経歴を盛っていました」と告白することは、リスクが高い。転職を機に、正直な経歴でリスタートする方が現実的だ。
まとめ:正直であることが、長期的には最善の戦略だ
経歴を盛って入社し、2〜3年目に限界を感じた。技術的な質問に答えられなくなったとき、「このまま続けることはできない」という確信が生まれた。
嘘をつき続けることのコストは、想像以上に大きかった。精神的な消耗、成長の妨げ、信頼のリスク。それらを天秤にかけたとき、正直であることの方が、長期的には自分を守ってくれると気づいた。
経歴詐称は、短期的な解決策に見えて、長期的な問題を生む。正直な状態で、実力を積み上げていく。それが、遠回りに見えて一番の近道だと思っている。

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