仕事が辛くなり適応障害になって休職した話

お金と働き方

40代後半になって、体が動かなくなった。

朝、起きられない。会社に行こうとすると、体が拒否する。「気合いが足りない」と自分を叱咤してみても、どうにもならなかった。病院に行ったら、適応障害と診断された。

3ヶ月以上、仕事を休んだ。

この記事は、その経験を正直に書いたものだ。華やかな話ではない。でも、同じように追い詰められている人に、少しでも参考になればと思って書く。


仕事が辛くなっていった経緯

突然壊れたわけではなかった。じわじわと、気づかないうちに追い詰められていた。

仕事の負荷が重なっていた時期だった。プロジェクトの重圧、思うようにいかない状況、積み重なるストレス。「このくらいは乗り越えなければ」と自分に言い聞かせながら、無理をし続けた。

最初は眠れない夜が続いた。次に、朝起きるのがつらくなった。仕事のことを考えるだけで、体が重くなる。それでも「自分が弱いだけだ」「もう少し踏ん張ればなんとかなる」と思っていた。

体や心が発しているサインを、ずっと無視していた。エンジニアとして20年近く働いてきた。多少の無理は乗り越えてきた。だから今回も乗り越えられると思っていた。でも、今回は違った。


適応障害と診断されたとき

限界が来たのは、ある朝のことだった。

体が全く動かなかった。起き上がれない。会社に連絡しなければと思うのに、電話をかけることもできない。そのまま一日が終わった。

家族に促されて、病院に行った。医師に症状を話すと、適応障害という診断が出た。

診断を受けたとき、最初に感じたのは安堵だった。「気合いが足りない」のではなく、ちゃんと理由があったんだと。自分を責め続けていたものが、少し軽くなった気がした。

休職を勧められた。最初は抵抗があった。自分が休むことで周りに迷惑をかける。40代でこんなことになってどうするんだという焦り。でも、医師に「今休まないともっと悪化する」と言われて、休職を決めた。


休職中の生活と気持ち

休職してすぐの頃は、罪悪感が強かった。

平日の昼間に家にいることへの後ろめたさ。「自分だけ休んでいていいのか」という気持ち。仕事のことが頭から離れず、ゆっくり休めている感覚がなかった。

2〜3週間経って、少しずつ気持ちが落ち着いてきた。焦らず過ごすことを意識した。規則正しい生活リズムを取り戻す。散歩する。本を読む。仕事のことを考えない時間を意識的に作る。

3ヶ月以上かけて、少しずつ回復していった。

完全に元通りになったかというと、そうでもない。でも、「また仕事ができそうだ」という感覚が戻ってきた頃に、職場に復帰した。


休職して気づいたこと

休んで初めてわかったことがある。

自分が思っていた以上に、消耗していたということだ。限界だと気づいたときには、すでに限界を超えていた。

「逃げる」「休む」ことを、ずっと弱さだと思っていた。エンジニアとして長く働いてきたプライドが、助けを求めることを邪魔していた。でも、休職を経験して、その考えが変わった。

逃げることは、負けではない。休むことは、弱さではない。限界を超える前に立ち止まることが、長く働き続けるために必要なことだと、身をもって知った。

今の「基本残業しない・消耗しない働き方」というスタイルは、あの休職経験が土台になっている。無理をしない。能力の内側で固める。それが、自分にとっての生存戦略だ。


まとめ:辛いなら、休んでいい

仕事が辛いと感じているなら、それはサインだと思ってほしい。

「自分が弱いだけ」「もう少し踏ん張れば」と自分を追い込んでいるなら、一度立ち止まってみてほしい。逃げ道を確保することは、弱さではない。選択肢を持っておくことが、自分を守ることになる。

休んだことを後悔していない。あの3ヶ月以上があったから、今の働き方がある。

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