正直に言う。技術力は、今も高くない。
新しい技術が出れば焦る。優秀な同僚を見れば劣等感を覚える。「自分、向いてないんじゃないか」と思ったのは、一度や二度じゃない。
それでも、気づけば20年近くエンジニアをやっている。
なぜ続けられたのか。最近、自分なりに分析してみた。答えはシンプルだった。技術力でも、センスでも、資格でもなかった。
何度も「辞めたい」と思った
エンジニアのキャリアの中で、「もう無理かもしれない」と感じた瞬間は何度もある。
特につらかったのは、未知の領域に放り込まれるたびだった。
新技術を使った開発、まったく経験のない業界でのシステム構築、初めてのリーダー業務。そういう場面が来るたびに、まず感じるのは「何から手をつければいいかわからない」という感覚だった。
やみくもに調べても、何が正解かわからない。もがいても、もがいても、前に進んでいる気がしない。その度に、自分の技術力のなさと適性のなさを突きつけられる。「自分はエンジニアに向いていない」という結論に、何度たどり着いたかわからない。
辞めようと思ったことも、正直ある。
ただ、そのたびに辞めなかった。理由は大したものじゃない。「辞めた後どうするか」が見えなかった。それだけだ。半分は惰性で続けた、と言っても過言じゃない。
泥臭く対応し続けたことが、唯一の武器だった
技術力で周りに勝てないなら、別のやり方で補うしかない。そう気づいたのは、何度も「何からやればいいかわからない」状態に陥ってからだった。
まずやったのは、プライベートの時間を使ったキャッチアップだ。業務に関連する書籍を読む。資格を取る。格好いいことではない。ただ、「わからないまま現場に出続ける」という選択肢が自分にはなかった。できる人は現場でさっと覚えられるかもしれないが、自分はそうじゃない。だから、時間をかけて埋めるしかなかった。
もう一つ、意識して続けたことがある。「見通しと計画を立てること」だ。
未知の領域に放り込まれたとき、最初にやることを決めた。ゴールイメージを明確にする。必要な作業をわかる範囲で洗い出す。不明点をリストアップする。そして、関係者と細かく認識合わせをする。
これは技術力とは関係ない。むしろ、技術力がないからこそ徹底できたことだと思っている。わからないことだらけだから、一つひとつ確認するしかない。曖昧なまま進むと自分が一番困るから、丁寧にすり合わせるしかない。
結果として、「あの人は仕事が丁寧だ」「抜け漏れが少ない」という評価につながっていった。技術力の話ではなく、姿勢と段取りの話だ。
スマートではない。泥臭い。でも、それしかできなかったから、それを続けた。
20年続けてわかった「凡人が生き残る条件」
長くやっていると、不思議な光景を何度も目にする。
自分より明らかに技術力が高い人が、いつの間にかいなくなっている。逆に、これといった突出したスキルがない人が、気づけば長く活躍している。
技術力と生存率は、必ずしも比例しない。これは本当のことだと思っている。
消えていった「優秀な人たち」には、いくつかの共通点があった。
体調不良や遅刻で勤怠が安定しない人。技術はあっても、現場に来なければ意味がない。報連相なく独りよがりに進めてしまう人。どれだけ優秀でも、周囲を置き去りにしては仕事にならない。「自分が正しい」と信じ込み、相手を見下すような態度をとる人。謙虚さのない人間に、仕事は集まらない。そして、自分の志向と会社の評価軸がまったく合っていない環境に居続けた人。いくら頑張っても、評価されない場所で消耗するだけだ。
共通しているのは、技術力の問題ではないということだ。
一方で、自分がなんとかやれてきた理由を振り返ると、逆のことをやっていたに過ぎない。ちゃんと来る。報連相を怠らない。わからないことは素直に聞く。合わないと感じたら環境を変える。
地味だ。華やかさのかけらもない。でも、これが続けることの正体だったと今は思っている。
「才能がないから無理だ」は、たぶん言い訳だ。才能がなくても続けられる条件は、意外とシンプルなところにある。
まとめ:凡人エンジニアの生存戦略
技術力がないことを、ずっとコンプレックスに思っていた。
でも20年近くやってきてわかったのは、技術力はあるに越したことはないが、それだけが武器じゃないということだ。逃げずに向き合い続けること。段取りと関係構築で補うこと。合わない環境からは早めに離れること。それだけで、思ったよりも長くやれる。
「自分には無理かもしれない」と思っているエンジニアに、この記事が少しでも参考になれば嬉しい。
技術力がないなりの戦い方は、ちゃんとある。


コメント