30代前半の頃、残業や休日出勤は当たり前だった。
特にきつかったのは、炎上案件に入っていた時期だ。数ヶ月にわたって泊まり込みが続いた。家に帰れない日が続く。週末も現場に出る。それが「仕事をしている」ということだと、当時は思っていた。
今振り返ると、あの働き方は間違っていたと思う。
炎上案件で泊まり込んでいた頃
SES時代、炎上しているプロジェクトにアサインされたことがある。
納期は迫っている。品質は基準を満たしていない。チームの人手は足りない。そういう状況で、とにかく時間を投入して解決しようとする。毎日深夜まで作業して、終わらなければ泊まる。翌朝また続きをやる。
数ヶ月、そういう状態が続いた。
家に帰れない日が続くと、生活のリズムが完全に崩れる。睡眠が足りない。食事がコンビニだけになる。疲労が抜けないまま次の日を迎える。それでも「プロジェクトを終わらせなければ」という気持ちだけで動いていた。
若かったから体は持ったが、精神的にはかなりギリギリだった。「いつ終わるんだろう」という出口の見えない感覚が、一番きつかった。
残業・休日出勤が「当たり前」だった空気
炎上案件だけではなく、当時は全体的に残業や休日出勤が当たり前の空気があった。
定時に帰ることへの後ろめたさがあった。周りがまだ仕事をしているのに、自分だけ帰るのは悪いことのように感じていた。休日出勤も、「やる気がある証拠」のように扱われる節があった。
長く働くことが評価につながるという感覚が、当時の職場には確かにあった。成果より時間で測られていた部分があった。
今思えば、それは完全に間違っていた。長く働くことと、良い仕事をすることは別だ。消耗した状態で長時間働いても、生産性は上がらない。むしろ判断力が落ちて、ミスが増える。
あの頃の働き方は、効率という観点でも間違っていたと思っている。
消耗した先に待っていたもの
数ヶ月の泊まり込みが終わった後、体と心がかなりダメージを受けていた。
プロジェクトが終わっても、疲労感がなかなか抜けなかった。仕事へのモチベーションが下がった。「また同じような案件が来たらどうしよう」という不安が残った。
あれだけ時間と体力を投入したのに、残ったのは疲弊感だけだったかもしれない。スキルは多少上がったかもしれないが、失った健康や時間と釣り合っているとは思えなかった。
消耗して燃え尽きることが、仕事への本気の証拠ではない。それに気づいたのは、もう少し後のことだった。
働き方に対する考え方が変わった転機
あの頃の働き方を続けることはできないと気づいたのは、体が限界に近づいたときだった。
長く働き続けるためには、消耗しない働き方をしなければならない。無理をして短期間で燃え尽きるより、70〜80%の力で長く続ける方が、結果的に多くを積み上げられる。
残業や休日出勤を美徳とする感覚を、意識的に手放した。定時に仕事を終わらせることを目標にするようになった。仕事の時間内に成果を出すことを考えるようになった。
それが今の「ワークライフバランス重視・基本残業しないスタイル」につながっている。
まとめ:消耗する働き方は、長くは続かない
あの頃の働き方を、今の自分には勧めない。
炎上案件での泊まり込み、終わらない残業、休日出勤の連続。それが当たり前だと思っていた時期があった。でも、消耗する働き方は長くは続かない。
長く働き続けるために必要なのは、消耗しない働き方を選ぶことだ。それを学ぶのに、少し時間がかかりすぎたかもしれない。


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