実務1年目のときに、6年の開発経験があるという経歴で現場に入ったことがある。
自分で書いたのか、会社が盛ったのか。その境目は正直なところ曖昧だった。ただ、自分がそれを止めなかったのは事実だ。
初日は何事もなく終わった。問題は、その数日後に訪れた。
外部設計をお願いします、と言われたときだ。
設計という作業を、自分は一度もやったことがなかった。
6年の経験者として現場に入った日
その現場は、最初にアサインされた社内サービスの改修案件とは別の案件だった。
スキルシートには、実際より5年分多い経験が書かれていた。使ったことのない技術も「経験あり」として並んでいた。それを持って、クライアント先に常駐することになった。
初日は、拍子抜けするほど穏やかだった。
関係者への挨拶。プロジェクトの概要説明。開発環境の構築。手順書を渡されて、その通りにセットアップを進める。技術的な質問をされる場面もなく、初日は終わった。
正直、「これならいけるかもしれない」と思った。
この感覚が甘かったということを、数日後に知ることになる。
「外部設計をお願いします」で頭が真っ白になった
数日後、作業が割り振られた。
外部設計。画面や機能の仕様を決めて、ドキュメントに落とし込む工程だ。
6年の経験があるエンジニアなら、当然できる。むしろ、任せて問題ない領域だと判断されたのだと思う。実際、その判断自体は何もおかしくない。経歴通りの人間であれば。
自分は、設計をやったことが一度もなかった。
コードを書いたことはある。既存の仕様書を読んだこともある。でも、自分でゼロから設計して、ドキュメントを作った経験はなかった。
何から手をつければいいのかがわからない。どの粒度で書くのかもわからない。そもそも外部設計と内部設計の違いすら、曖昧にしか理解していなかった。
「わかりました」と答えて、自席に戻った。
画面を開いて、何も進まない時間がしばらく続いた。
聞けない、調べても追いつかない、時間だけが過ぎる
この状況の何がきついかというと、質問ができないことだ。
6年の経験者が「外部設計ってどう進めればいいですか」とは聞けない。聞いた瞬間に、経歴と実態が違うことがわかってしまう。
だから調べるしかなかった。外部設計 進め方、設計書 書き方、と検索する。出てくるのは一般論ばかりで、この現場のこのプロジェクトでどう書くべきかはわからない。
過去の設計書を探した。似たような機能のドキュメントを見つけて、構成を真似る。項目を埋めていく。これが正しいのかどうか、判断する基準を自分は持っていない。
夜、家に帰ってからも調べ続けた。翌日の作業を成立させるために、その日のうちに最低限の理解を作る。それを毎日繰り返した。
進捗を聞かれるたびに心臓が跳ねた。「順調です」と答える。実際には順調ではない。ただ、そう言うしかなかった。
最初の1週間で一番きつかったこと
技術的な難しさよりきつかったのは、自分が嘘の上に立っているという感覚だった。
周囲の人は普通に接してくれる。経歴を疑っている様子もない。むしろ、経験者として頼りにしてくれている場面すらあった。
その信頼が、こちらの後ろめたさを増幅させた。
騙している、という自覚があった。その自覚を抱えたまま、平気な顔で仕事をする。それが何日も続く。技術的に追い込まれることより、この感覚の方が消耗した。
夜、眠りが浅くなった。明日バレたらどうしよう、と考える時間が増えた。
それでも1週間を乗り切れた理由
結論から言うと、バレなかった。少なくとも、その時点では。
理由はいくつかあると思う。
成果物として最低限の形にはできた。 過去の設計書を参考にしながら、なんとか埋めた。質は高くなかったはずだが、レビューで指摘を受けて修正するという流れに持ち込めた。
設計は「絶対的な正解がない」領域だった。 コードならエラーが出て動かないが、設計書は多少粗くても議論の土台にはなる。この曖昧さに助けられた部分は大きい。
単純に、運が良かった。 深く踏み込んだ質問をされていたら、その場で終わっていたと思う。
つまり、実力で乗り切ったわけではない。たまたま成立したというのが正確なところだ。
今振り返って思うこと
あの1週間は、やってはいけないことをやった結果だと思っている。
クライアントに対しても、チームに対しても、不誠実だった。もし設計の不備が後の工程に影響していたら、迷惑をかけるのは自分ではなく周りの人だった。
同時に、あの経験がなければ知らなかったこともある。
「できます」と言った瞬間から、それを本当にするしかなくなる。 あの1週間の必死さは、普通に働いていたら出てこないものだった。プレッシャーが学習を加速させたのは事実だ。
ただ、同じ方法は勧めない。あれは綱渡りであって、再現性のある成長方法ではない。落ちていたら、信頼も仕事も一度に失っていた。
正直な経歴で、自分のレベルに合った現場から始める方が、結果的に速い。 わからないことをわからないと言える環境の方が、学習の効率は圧倒的に高い。それを実感したのは、もっと後のことだった。
よくある疑問への回答
Q. 経歴を盛った状態で現場に入ったら、どう対処すればいいですか?
まず、その状態を続けないことを前提に動いた方がいい。当面の対処としては、過去のドキュメントや類似の成果物を徹底的に参考にする、一般的な質問の形に変換して聞く(「この現場ではどういう粒度で書くのが標準ですか」など)といった方法がある。ただ、根本的な解決にはならない。
Q. スキルシートを会社が勝手に盛ることはありますか?
ある。SESでは営業が単価を上げるために経験年数や技術を盛るケースが存在する。ただ、それを確認せずに提出を許した時点で、本人にも責任は発生する。提出前に内容を確認し、明らかに事実と違う部分は修正を求めるべきだ。
Q. バレたらどうなりますか?
契約解除、現場からの撤退、所属会社の信用失墜といった事態になりうる。悪質と判断されれば懲戒の対象にもなる。何より、業界は思っている以上に狭い。数年後に同じ人と別の現場で会うことは普通にある。
まとめ
1年目なのに6年目として現場に入り、初日は何事もなく終わった。数日後、設計を振られて初めて事態の重さを理解した。
聞けない、調べても追いつかない、時間だけが過ぎる。技術的なきつさより、嘘の上に立っている感覚の方が消耗した。
結果的には乗り切ったが、それは実力ではなく運だった。同じ方法は勧めない。
正直な経歴で、自分のレベルに合った場所から始める。遠回りに見えて、そちらの方が速い。あの1週間から学んだのは、結局そういうことだった。


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