いつの間にか、コードを書く時間がほぼなくなっていた。
1日のスケジュールを振り返ると、会議、資料作成、報告書、承認作業。クライアントのためではなく、社内のための仕事が大半を占めていた。
「自分は何のためにエンジニアになったんだろう」と思ったのは、40代前半のことだった。
気づいたら「社内仕事」ばかりになっていた
管理職になった頃は、仕方ないと思っていた。マネジメントとはそういうものだ。手を動かす時間が減るのは、役割が変わった証拠だと。
ただ、40代前半になって、その「仕方ない」が積み重なってきた。
朝から晩まで会議が入っている。会議の合間に資料を作る。その資料をもとにまた会議をする。進捗報告、リスク報告、予算の確認。誰かのために何かを作っている感覚が、どんどん薄れていった。
気づけば1週間が終わって、「今週、自分は何をしたのか」という虚無感が残るようになった。数字を動かした。会議をこなした。でも、何かを生み出した実感がない。その感覚が、じわじわとモチベーションを削っていった。
社内作業が多すぎることへの苛立ち
特にきつかったのは、社内向けの資料作成だ。
クライアントに届ける成果物ではなく、上司への報告資料、社内会議のプレゼン資料、部門間の調整のための文書。誰かの意思決定を助けるためではなく、「報告のための報告」が求められる場面が多かった。
時間をかけて作った資料が、会議で一瞥されて終わることもある。その資料を作るために費やした数時間は、何だったのかと思う。
エンジニアとして現場で手を動かしていた頃は、作ったものが動く喜びがあった。コードが動く、システムが完成する、クライアントが喜ぶ。その手応えが、仕事を続ける原動力だった。管理職になってから、その手応えを感じる機会がほとんどなくなっていた。
技術から離れていく不安
社内業務が増えることで、もう一つの問題が生まれた。技術から離れていくことへの不安だ。
管理業務に追われている間、技術のキャッチアップがどんどん後回しになる。新しい技術を試す時間がない。現場の感覚が鈍っていく。気づけば、エンジニアとしての自分のスキルが、静かに陳腐化していくような焦りがあった。
マネージャーとしては経験を積んでいる。でも、エンジニアとしては退化しているかもしれない。そのアンバランスさが、将来への不安につながっていた。
面白みを取り戻すために考えたこと
このままではまずいと思って、少し意識を変えた。
管理業務を完全になくすことはできない。ただ、その中でも「自分が手を動かせる領域」を意図的に確保するようにした。小さくてもいい。コードレビューに積極的に関わる。技術的な判断が必要な場面では自分が率先して考える。週に少しでも技術に触れる時間を作る。
完全に現場に戻ることはできなくても、技術との接点を完全に失わないようにする。それだけで、仕事への向き合い方が少し変わった。
また、社内業務への向き合い方も変えた。「やらされている作業」ではなく、「チームが動きやすくなるための仕事」と捉え直すようにした。完全に気持ちが切り替わったわけではないが、苛立ちが少し和らいだ。
まとめ:面白みを感じなくなったなら、何かを変えるサインだ
管理業務や社内作業に面白みを感じなくなることは、珍しいことではないと思う。ただ、そのまま放置すると、仕事への意欲がじわじわと削られていく。
面白みを感じなくなったなら、それは何かを変えるサインだ。環境を変えるか、役割を変えるか、自分の意識を変えるか。何かしら動かないと、消耗するだけになる。
完全な答えは今も出ていない。ただ、「このままでいいのか」と問い続けることが、少なくとも停滞を防いでいると思っている。

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