管理職として仕事をするようになってから、コードを書く機会がほとんどなくなっていた。
会議、資料作成、進捗管理、ステークホルダーとの調整。毎日そういった仕事に追われて、「エンジニアとして技術に向き合う時間」が気づけばなくなっていた。「自分はもう開発の現場には戻れないのかもしれない」という気持ちが、どこかにあった。
そんな時期に、別のプロジェクトでリードエンジニアとして開発に関わる機会があった。久しぶりにガッツリとコードを書いた。終わってみて思ったのは、「思いのほか楽しかった」ということだ。
管理職として技術から離れていた頃
PM・PLとして仕事をするようになってから、自分のポジションは「現場を動かす人」になっていた。
チームメンバーが技術的な問題で詰まっていれば、解決の方向性を示す。クライアントからの要望を整理して、実装可能な仕様に落とし込む。スケジュールと品質のバランスを取りながら、プロジェクトを進める。そういった仕事が中心になっていた。
技術的な判断を求められる場面はあった。でも、自分でコードを書いて、動くものを作るという機会は、めっきり減っていた。
その状況に、複雑な気持ちがあった。管理職として評価されていることへの充実感と、「技術から離れていく自分」への不安が、両方あった。「エンジニアなのに、コードを書かない日が続いている」という感覚が、じわじわと気になっていた。
コードレビューをする機会はあったが、「レビューする側」と「書く側」では、技術への関わり方が違う。レビューは評価することで、書くことは創ることだ。その「創る」という感覚が、長い間なかった。
久しぶりに開発に関わったきっかけ
別のプロジェクトで、リードエンジニアとして開発に参画する機会があった。
管理業務が中心の立場から、久しぶりに「自分でコードを書く」役割に戻ることになった。最初は不安だった。「しばらく開発から離れていたから、今の技術についていけるか」「チームに迷惑をかけないか」という気持ちがあった。
特に、技術の進化が速いこの業界では、少し離れているだけで「浦島太郎」になりやすい。管理職として過ごした数年間で、自分の技術力が陳腐化していないか、正直わからなかった。
でも、40本目の記事で書いた「失敗してもいいや」という感覚が、ここでも背中を押してくれた。「うまくいかなかったとしても、やってみる価値がある」と思って、飛び込んでみた。
久しぶりの開発で感じたこと
実際に開発に関わってみると、思っていたより自分のスキルは残っていた。
技術的な細部は変わっていた部分もあった。新しいツールやフレームワークに慣れるまで時間はかかった。でも、「問題をどう分解するか」「どういうアプローチで解決するか」という根本的な考え方は、衰えていなかった。
コードを書きながら、気づいたことがある。
「あ、これが楽しいんだった」という感覚だ。
問題を定義して、解決策を考えて、コードに落とし込んで、動いたときの達成感。その一連のプロセスが、久しぶりに体の中に戻ってきた感じがした。管理職として会議や資料作成に追われている時期には感じられなかった、「創る」という行為の楽しさだ。
チームと一緒にコードについて議論することも、新鮮だった。「ここはこう実装した方がいい」「この部分はパフォーマンスに影響するかもしれない」。技術的な会話のテンポと熱量が、管理業務の会議とは全然違う。久しぶりにその空気の中にいると、「自分はやっぱりエンジニアだ」という感覚が戻ってきた。
技術の楽しさを再認識して気づいたこと
久しぶりの開発を通じて、いくつかのことを再認識した。
技術は、使わなければ衰えるが、完全にはなくならない。数年間コードから離れていても、基礎的な考え方や問題解決のアプローチは残っていた。積み上げてきたものは、思っているより消えにくい。「もう戻れない」という気持ちは、杞憂だったかもしれない。
管理職と技術職は、二択ではない。「マネジメントに進んだから、技術はもう関係ない」と思っていた部分があった。でも実際には、技術を理解した上でのマネジメントは、技術を知らないマネジメントより価値が高い。技術的な感覚を持ち続けながら管理もできる人間の方が、市場価値が高い。
「楽しい」という感覚は、重要な判断基準になる。管理業務に面白みを感じなくなっていた時期に、久しぶりの開発で「楽しい」と感じた。この感覚の差が、自分がどんな働き方をしたいかを考えるヒントになった。
スペシャリストとマネジメントの間で揺れていた自分への答え
16本目の記事で「スペシャリストかマネジメントか」という悩みを書いた。その問いに対する一つの答えが、この経験を通じて見えてきた。
「どちらかを選ぶ必要はない」という結論は変わらない。でも、「技術との接点を完全に失わない」ことが、自分にとって大切だということが、久しぶりの開発でより明確になった。
コードを書かない日が続くと、技術的な感覚が鈍ってくる。その感覚が鈍ると、技術的な判断の精度が落ちる。マネジメントをしながらでも、定期的に技術に触れる機会を意識的に作ることが、自分のキャリアにとって重要だということを実感した。
「週に少しでもコードを書く時間を作る」「技術的な議論には積極的に参加する」「新しい技術を触ってみる機会を意識的に作る」。こういった小さな積み重ねが、技術との接点を維持することにつながる。
40代で技術に向き合い続けることの価値
40代のエンジニアが技術に向き合い続けることには、独自の価値がある。
20年近くの経験から積み上げた「判断力」と「視野の広さ」を持ちながら、技術にも向き合える。若いエンジニアにはない経験値と、現役としての技術力を組み合わせることができる。
また、技術的なことを理解しながらマネジメントもできるというポジションは、市場でも需要がある。「技術がわかるマネージャー」は、どの会社でも必要とされる存在だ。
「40代になったら技術は卒業」ではなく、「40代だからこそできる技術との向き合い方がある」という視点で考えると、キャリアの選択肢が広がる。
よくある疑問への回答
Q. 管理職になったら、技術力は衰えますか?
衰える部分はある。使わなければ錆びつく。でも、完全になくなるわけではない。基礎的な考え方や問題解決のアプローチは、長い間残る。定期的に技術に触れる機会を意識的に作ることで、衰えを最小限に抑えられる。
Q. 技術職とマネジメント職、どちらが市場価値が高いですか?
一概には言えないが、「技術がわかった上でマネジメントができる人」は、どちらか一方だけの人より市場価値が高くなりやすい。技術とマネジメントの両方に携わった経験は、40代以降のキャリアにおいて強みになる。
Q. 久しぶりに開発に戻ることへの不安はどうすればいいですか?
まず小さく始めることをすすめる。いきなり大きな責任のある開発に関わろうとすると、プレッシャーが大きくなる。社内の小さなツール作り、個人的な学習プロジェクト、趣味のコーディング。小さな成功体験を積み重ねることで、久しぶりの開発への不安が和らいでいく。
まとめ:技術の楽しさは、離れても消えない
管理職として技術から離れていた時期を経て、久しぶりにガッツリ開発に関わった。
「思いのほか楽しくやれた」という経験が、技術の楽しさを再認識させてくれた。コードを書くことの達成感、技術的な議論の熱量、「創る」という行為の喜び。管理業務の中では感じられなかったものが、久しぶりに戻ってきた。
技術との接点を完全に失わないこと。それが、エンジニアとして長く働き続けるための、自分なりの答えになっている。

コメント