30代後半でPM・PLを任されるようになった。
正直に言うと、やりがいより重圧の方が大きかった。プロジェクトを動かす立場になって初めてわかったことがある。納期、品質、コスト。この3つを同時に満たすことが、どれだけ難しいかということだ。
管理職としての仕事は、エンジニアとしての仕事とはまったく別物だった。
PM・PLになって変わったこと
エンジニアとして現場で手を動かしていた頃は、自分の担当範囲をこなせばよかった。うまくいかなければ自分が残業して解決すればいい。責任の範囲が明確で、ある意味シンプルだった。
PM・PLになった途端、それが変わった。
プロジェクト全体のスケジュールを管理する。メンバーの進捗を把握する。クライアントへの報告をまとめる。予算の管理をする。リスクを早めに察知して対処する。自分が手を動かす時間はほとんどなくなり、「管理する仕事」が中心になった。
やりがいはあった。プロジェクトが動いていく達成感、メンバーと一緒に目標に向かう感覚。それは確かにあった。ただ、それ以上に重圧の方が重かった。
納期・品質・コストのトリレンマ
PM・PLとして最もきつかったのは、納期・品質・コストの3つを同時に満たすことが求められる場面だった。
現実には、この3つは常にトレードオフだ。納期を守ろうとすれば品質が落ちる。品質を上げようとすれば納期が延びる。コストを抑えようとすればどちらかが犠牲になる。
クライアントは3つ全部を求めてくる。上司は「なんとかしろ」と言う。メンバーはすでに限界に近い。その真ん中に立って、どこかを削る判断を迫られる。
正解がない判断を、毎回しなければならない。その重さが、じわじわと消耗につながっていった。
特につらかったのは、自分の判断ミスがチーム全体に影響することだ。スケジュールの見積もりが甘ければ、メンバーが残業で苦しむ。リスクの察知が遅れれば、炎上につながる。個人で手を動かしていた頃は、自分が困るだけで済んだ。管理職になると、ミスの影響範囲が変わる。
やりがいと重圧、正直なバランス
管理職の仕事には、確かにやりがいがあった。
プロジェクトがうまく回ったとき、チームが一体になって難局を乗り越えたとき、クライアントから感謝された瞬間。そういう場面は、エンジニアとして手を動かしているだけでは味わえない達成感だった。
ただ、やりがいを感じる瞬間より、重圧に押しつぶされそうになる時間の方が長かった。
締め切りが迫るほど眠れなくなる。問題が起きるたびに胃が痛くなる。週末も頭の中でプロジェクトのことが離れない。「自分がいなければこのプロジェクトは回らない」という感覚が、プレッシャーとして常にのしかかっていた。
消耗していた、と今は思う。あの時期に無理をしすぎたと感じる場面が、振り返るといくつもある。
管理職を経験して気づいたこと
管理職の経験は、間違いなく自分を成長させた。プロジェクト全体を俯瞰する視点、ステークホルダーとの調整能力、リスク管理の考え方。これらはPM・PLをやらなければ身につかなかったスキルだ。
ただ、「管理職=キャリアの正解」ではないとも思うようになった。
向き不向きがある。重圧をやりがいに変換できる人は管理職に向いている。自分のように、重圧の方が上回って消耗しやすい人は、無理に管理職を続けることが正解とは限らない。
どんな働き方が自分に合っているかを、この経験を通じて考えるようになった。それが、40代のキャリアを再設計するきっかけになった。
まとめ:管理職の重圧と向き合って見えてきたこと
PM・PLとしての経験は、やりがいと重圧が表裏一体だった。重圧の方が大きかったという正直な感想は、今でも変わらない。
ただ、あの経験があったから、「自分はどんな働き方をしたいのか」を真剣に考えられた。消耗しながら働き続けることが正解じゃないと気づいたことが、その後のキャリアを変えるきっかけになった。

コメント